早いもので、新しい年を迎え6日が過ぎた。
外は雪模様。
これからますます寒さが厳しくなるけど、それが終われば、また暖かな春がやって来る。

私の人生にも、そういう日が訪れてほしいものだ。


昨年8月、病で最愛の旦那を亡くした私は、悲しみに浸ることも許されないくらい諸手続きに追われ、日々奔走していた。

バタバタ、バタバタ、、、

けど、ふとした瞬間、寂しさが込み上げてくる。
自分でもよく分からないが、時間の隙間に、それが一気に広がり辛い。

耐えきれなくなった私は、地元のサポートケアに参加し、大切な人を亡くしたみなさんの話を聴いたり、聴いてもらったりして、ほんのひととき心を解放し和んだ。

泣きたかったし。



涙も落ち着いたころ、知り合った二人と三人のLINEグループを作り、後日ランチすることに。

同じような年齢の私達。
とくに、同い年で境遇もよく似たAさんとは意気投合し、盛り上がった。

一方のBさんは、旦那さんが亡くなり年数が経っているのか、あまり悲しくなさそうで。
どちらかと言えば、同居中の姑さんの愚痴が多かった。



話題は尽きることなく、初回はそれでも良かったけれど、だんだんと疲れてきた私。

4時間以上経つのに、なかなか解散にならない。
ことさらBさんは帰りたがらない。

まあ、それでも楽しかったので、それでヨシとした。

しかし、問題はここからだ。



LINEグループは盛り上がるけど、なんとなく違和感を覚えるようになっていった。

そんなある日の休日、成り行きで家が近いBさんとランチすることになり迎えに行くことに。
Bさん、車がないから。

店に着き、ランチそのものは美味しいのだけど、相変わらず愚痴が多いBさん。
食事を終えた後も、一向に席を立たないので、私から出ようと持ちかけた。

そこで帰れば良かったのだけど、Bさんは、まだ話したいと言うのでカフェに行ったのだが、メニューを決めるにあたり、必ず否定から入りモヤモヤする。

しかも、1時間くらいしてやっぱり帰ろうとしないので、私からお開きにしようとレジに向かう。

不満そうなBさんだけど、
「私、あなたを送らなきゃならないし、ダルいんだけど」と思ってしまった。


Aさんとは電話で話したことが有るけど、Bさんとは合わないとのことで、LINEは更新されず静かになったまま。


まぁ分からなくもない。
旦那さんを亡くし日も浅いAさんは、心に余裕もないだろう。

哀しいに決まっている。
いちいちマイナス発言ばかり言わないでほしい。
とてもよく解る感情だもの。
グループLINEは解散した。


体調が優れないAさんは、さらに色んな症状が出て、医師にかかったところ、ゆっくりした方が良いと言われたそうで、本人もそれを望んだ。

それで良い。
時間は必要。


私はというと、プロに頼み、グリーフケアのカウンセリングを受け、以前より喪失感と向き合えるようになったと思う。

なので、12月のサポートケアの集まりは、欠席することをAさんに伝えた。

すると、「敬語」で返信が届く。
それまでフレンドリーだったのに。
ものすごく隔たりを感じる。

「また会おうね」と投稿した私のLINEについては思い切りスルー。

そこで悟ったんだ。

“ああ、もう私と関わる気はないのだな“

と。


一抹の寂しさは感じたものの、悲しみの受け入れ方は人それぞれだし、誰も悪くはない。

ただ、私は、辛いからこそ立ち止まるのではなく、前を向いて歩いていくと決めたので、考えが合わなくなるのも仕方のないことなのだろう。

境遇も苦しい気持ちも、痛いほど解るからこそ、Aさんと話すと辛くなる。

もう二度と大好きな旦那と会うことは叶わないのだと思い知らされるし、ずっと泣き続けたくもない。


上からモノを言うつもりはないが、現状維持でいたい二人とは価値観が違う。

そうなると、接点を持てば持つほどズレを感じていたのと、自分の境遇と照らし合わせて、こちらの状況を探られているようでため息が出たし。


もともと私たちは、
「旦那を亡くした」ことのみの【共通点】で知り合っている。

だから、友達ではない。
互い愚痴や悲しみのはけ口になる必要はないし、ならなくてよい。

旦那を思うと、今でも涙は溢れ出るが、この悲しみは、プロに聴いてもらう方が楽になる。

今、私は、新たな道を歩んでいるし、出会いも増えた。

辛いからこそ歩いて行けるし、歩いて行こう。

生きていたかった旦那の為にも。