みなさん、おばんです。
中国人ルゥ・リィドゥに成りすました北朝鮮工作員パク・ナムルは、フィアンセだというミシェル・リィに促されるまま、彼女の後をついて空港の外に出たダ。歩きながら、疑問に思っていることを矢継ぎ早に聞いたダ。
パク「フィアンセって、つまり、キミとボクは、婚約しているってことなの?」
ミシェル「でしょ。っていうか、はじめて聞いたような口ぶりね」
パク「いや、忘れていただけだよ」
パクは言葉を濁したが、まったく寝耳に水のことだったダ。一体、これはどうしたことだ。事前に聞いていたことは、中国人留学生として、LAの大学に入学し、そこの学生としての身分を隠れ蓑に、諜報活動をする、ということだけだったダ。
パク「その、キミは、それで、いいの?」
ミシェル「どういうこと?」
パク「だから、つまり、ボクで、いいの?」
ミシェル「いいんじゃない。婚約なんて、カタチだけよ。実際、結婚したとしても、店を継いでもらうためだもの。それ、わかってるわよね?」
パク「店?」
ミシェルは立ち止まり、不審そうに、パクの目を覗き込んだ。
ミシェル「ねぇ、あなた、ほんとにルゥ・リィドゥなの?わたしの父親の親友の、息子よね?」
パクは、そのとき、ようやく理解したダ。当局は、秘密裏に、自分が成りすましている人間の生い立ちはおろか、これからの道行きまでも操作しているのだ、と。全ては、あらかじめ、決められていることなのだ。自分は、その流れに沿って生きていかなければならないのだ。母国でもそうだが、ここ、自由の国アメリカでも、自分で決められることなど何もないのだ。
そして、このミシェルというアメリカ人女性も、どこまで信用したらいいものか、パクは戸惑ったダ。どこまで自分のことを知っているのか。本当に、自分を、中国人だと思っているのか。それとも、手の内を見せずに、カケヒキを楽しんでいるのか、そうして優位に立って、主導権を握ろうとしているのか、しかし、何のために?もしかしたら、スパイの間では、簡単に、互いの素性をさらさないことが鉄則なのか・・・とにかく、いずれにしても、用心するに越したことはないと思い、しばらく様子見することに決めたダ。
が、しかし、もし、彼女が、何も知らずに、ただ、国家組織に利用されている一般市民だとしたら、こんな恐ろしいことはないと思ったダ。
パクは、労働党庁舎の一室で聞いた、首領様の声が、耳から離れなかったダ。
「・・・キミの仲間が捕まって、殺されたりしても、当局は一切関与しない」
ミシェルは駐車場に停めていた1台のオリーブ色の車の前で立ち止まったダ。
ミシェル「ニッサンのピックアップ。あなた、運転は?」
パクは首を振ったダ。
ミシェル「OK。運転させる気もないけど」
北朝鮮では見たことのない車だったダ。『ニッサン』が、日本の車であることも、このときはまだわからなかったダ。
ミシェル「乗って」
パクはあたりまえのように右側の助手席のドアを開けようとしたら、「違う!」とミシェルに一喝されたダ。
ミシェル「悪いけど、後ろの席に乗って。理由は聞かないで」
荷台に乗せられたパクは、自分がまるで出荷される牛になったようなキモチになったダ。
空港から車で30分、たどり着いた先は、LA北部のノースブロードウェイという通りの一角にある、中華料理店だったダ。
ミシェル「ここが、わたしの家よ」
ミシェルに案内され、店内に入ると、ミシェルの両親、つまり自分の義父母になる人がニコヤカに出むかえてくれたダ。
ミシェルのパパ「やあ、ようこそ!キミがリィドゥか!親父とあんまり似てないな!」
ミシェルのママ「逆に、良かったじゃない。男前で!」
パクはテレながら、まんざらでもない顔をして、「はじめまして、ルゥです、ルゥリィドゥです」と、中国語で挨拶すると、ミシェルのパパは、眼光を鋭くして、こう言ったダ。
パパ「早速だが、キミの腕前を見せてもらおう。ミシェルのフィアンセに相応しいオトコか、この目で確かめさせてもらう」
ママ「お父さんも立派な料理人だったけど、あなたはソレ以上だって、ジョンは、とても褒めていたわ」
パク「ジョン?」
呆気にとられているパクはパパに中華鍋を持たされて、ママにはエプロンをつけてもらったダ。何故か、彼は中国の一流店で修行した将来有望なシェフ、ということになっているらしかったダ。