なにかできない理由を、
環境とか人のせいにしちゃいけないけど
わたしのこの自己肯定感の低さは
産まれた環境、周りの人、謙遜してたようで実はただ自虐してただけの自分のせい。
ずっと自分のことが嫌いで
30歳で結婚してやっと、
自分のことを好きになりたい
好きなことして、好きなもの買って
『好き』に囲まれて生きていいんだと知る
現在35歳
結婚して5年経つけど実際そんなに変われてはいない。
でも全く変わってないことはきっとなくて
地元の友達とは自然に縁が切れてしまった。
きっと今まで関わってた人は仲が良いように見せかけて『自己肯定感の低い私を見下してた人たち』だったんだと思う。
スッキリできて良かったんだと思うようにする。
利害だけで人付き合いを考えてもいけないとは思うけど
本当に深い関わりってなんだろう。
今まで仲良かった人たちだって本心で仲良くしてたのか、実際もうわからない。
旦那がいて子どもがいて、今はそれだけで手一杯
もう少し余裕が出来たら、また気の合う友達が出来たらいいな。
無理なく長く付き合える人に出会えますように。
私は昔から貧乏性で、本当に欲しいもの、よりも、手に入りそうな、より安い代替え品で我慢することが多かった。
超薄給の保育士をしていたこともあり
お金もなければ休みもなくて
情報もないために、
『欲しいもの』より『今すぐ必要な物』それでいて『より安い物』を選ぶ傾向があったので、満足はしないし、むしろ安物買いの銭失いで後悔するばかりだった。
今考えれば独身の時くらい好きに買えば良いのに、なぜあんなに全て我慢していたんだろう、全く分からない。
好きなものを買う自分に、ずっと抵抗があった。
無駄なものほど買うのが楽しいのに。
欲しいのに、私には買う権利がないとか訳の分からないことを思っていた。
なのでこの歳にして未だに化粧品も中学生が買うようなプチプラ商品しか持ってないし、服もずーーっとプチプラだ。
プチプラが悪い訳ではないと思う。
最近はおしゃれなものもたくさんあるし。
ただ、わたしは35歳なのだ。
金銭感覚も、ものを選ぶ感覚が中学生のまま抜け出せないのである。
これは育った家庭環境のせいだと言い切れる。
お小遣いはもらえないし、門限が早すぎるためバイトも不可。
お金を使うことが許されない日々だった。
何を買うにも親の承諾が必要だった。
同級生と地元のお祭りに行くのに親から承諾を得られずハブられたこともあったなぁ。
30歳まで門限があったのも今考えたらナンダソレって感じ。
まともにそれを守ってた自分もナンダソレなんだけど。
薄給のせいで一人暮らし出来ないなら、さっさと辞めたらよかった保育士も、何度も辞めたが何度も保育士に戻っていた。
仕事自体はきっと好きだったのだ。
でもおかげで20代はほぼ遊ばず仕事だけを真面目にしていた。
婚期も逃した。
おかげで今の旦那と出会って色々立て直してもらえてるので、そこだけ良かったとする。
最近は好きなもの欲しいものも買えるようになったけど、そしたら今度は謎の衝動買いが増えて、いらない物だらけになってきている気がする。
買っては捨て、捨てては買って。
今やっとお金の使い方の勉強をしている気がする。
私は頭の中が常にごちゃごちゃしている。
物が溢れてるからだ。
物を捨てよう。スッキリしよう。
執着を手放そう。
言い訳ばかりして甘えてる自分もやめよう。痩せよう。
常にご機嫌な自分でいれるようにしよう。
まとまりのない文章を徒然なるままに書いたけど、文章にしたらスッキリするって本当かもしれない。
よし、やってやるぞ!
(と今まで何回も意気込んでは続かず…だった)
(このブログも次があるかどうか…)