先日
ご縁あって繋がった方のzoomセミナーに参加した時
食の話題になったとき
「戦後 日本人は雑食になった」という言葉が
すごく心に残りました
好きな食べ物と問われて
日本食が最初にでる人ってどのくらいいるのでしょう
かくいうわたしも
朝食はパンに目玉焼きにヨーグルトが定番
パンケーキも珈琲も大好きです
セミナーで話されてた方の言葉を借りると
イタリア人はイタリア料理、フランス人はフランス料理、中国人は中華料理…とみんなある程度自国の家庭料理が今も基本としてあるだろう と
様々なものを受け入れる器の大きさは
日本人ならではだと 勝手にずっと思ってきましたが
その時すごく 自国という基礎が揺らいでる気がしました
最近 ネットで知ったのですが
戦前は 私ではなく 和多志と表記していたらしいのです
気ではなく 氣だったということは知ってましたが
まさか 一人称を示す語まで変わっていたとは
個人的な感覚でいうと
音としては 同じ ワタシ ですが
目で見る時 頭に浮かべる時
私 と 和多志 ではイメージが異なります
これからは 発するたびに
和多志 を思い浮かべていきたいな
決して雑食を否定する訳ではありません
これからも和多志は
パンもケーキもチーズもパスタも食べるでしょうし
ただ
自分のなかの 譲れない基礎をしっかりと固めたいものだと思ったのです
そんな和多志の最近の個人的流行りは
様々なプラットフォームでお坊さんの話を聞くことです
檀家でもないのに
様々な宗派の方のお話をきけるというのは
非常にありがたい事ですね
