ピアニスト五田碧のブログ

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ドイツ・カールスルーエ音大での留学を終えて完全帰国しました。
2016年秋より演奏活動を再開しました!( ; _ ; )/~~~
めざせ、もう一度聴きたいピアニスト。もう一度共演したいピアニスト!

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中学生になっても相変わらずヤマハを続けていて、中1の終わりやったかな?にようやく、演奏グレードと指導グレードの5級をとりました宇宙人くん

指導は追試しまくった記憶が、、、笑

 

たぶんやけど、記憶めっちゃあいまいやけど、時系列があまりにもバラバラやけど、堀音のオープンキャンパスにはじめていったのは、中2の秋か中3の春かだったと思います。

小学校から一緒のピアノ友達と、ほんとーに何もわからず見に行きましたおねがい

 

そこで、生徒演奏を聴いて、まーびっくり!

公開レッスンを聴いて、まーまーびっくり!

こんな世界があるのかと滝汗

たった2.3個しか年のかわらないお姉さんたちのステージに、もう憧れがとまりませんでしたラブラブラブ

 

堀音には自治会という生徒会のようなものがあって(何が違うのかw)、その先輩方が学校の様子や、模擬授業?をしてくださって、堀音に入るとこんな生活なんだよってプレゼンしてくれましたルンルン

当時は校則ゆるゆるだったので、ピンクのシャツにリボンつけて茶髪でぐるぐる巻きの髪の毛したギャルの先輩が、綺麗な日本語で声で(声楽の人だった、ピアノの人もいた)、この学校の魅力についてお話されていて、そのキラキラした姿に強烈に憧れたのを覚えていますおねがい

何人かいらっしゃったのですが、みんなそれぞれに輝いていて、それぞれの夢に向かって仲間と切磋琢磨しているというのが、その1日だけで伝わって、そのオーラになんてすごい高校なんだキラキラと、友達と興奮しきりでした。

 

と同時に、今のままでは絶対に入れるわけない学校なんだというのも悟りました…。

 

 

そこですぐに行動を起こせばよかったものの、チキンが発動してヒヨコ結局中2の終わりのころまで何もできずに、ずるずるとヤマハを続けていたのでした。

でも、やっぱりやる前から諦めたくなくて、中2が終わるころようやくヤマハの先生に音高受けたいな…って切り出したのですポーン(遅いわw)

先生も寝耳に水って感じで、嘘やろバレエ!?って心の中では思っていらっしゃったと思うけれど笑、すぐに動いてくださって、なんとなんと堀音のピアノの先生を紹介していただくことになったのですポーン

そして春休み、その先生に一度聴いてもらい1年でなんとかなるのかどうかを判断していただきましたゲロー

かなり厳しいけれど、指はまわるから(←たったこれだけやった、私のいいとこ爆笑い泣き笑い泣き笑い泣き)、やれるだけやってみようということになり、面倒を見てくださることにおねがいラブラブ

そこからソルフェージュの先生も紹介していただき(のちの副科声楽の先生)、その先生のところは月水で楽典・聴音・視唱、日曜

がピアノのレッスン、という感じで受験対策がはじまりました滝汗

 

何よりもやばかったのが、楽典・聴音・視唱…。ヤマハで多少やっていたのが幸いして、音感リズム感はあったのですが、記譜法がわからないし、鉛筆がおいつかないアセアセ

ピアノ科とヴァイオリン科は9割〜満点とるのが通常なところ、私ははじめた当時聴いたとおりにドレミで歌えるけれど、まったく楽譜に起こせない。

そもそも音符を黒くぬりつぶすタイプなので追いつかない。

というとんでもない生徒でした滝汗

ようやく基礎が入ったかなーというのが夏休み前で、そこからは数をこなさないとミスも減らないというわけで、

土曜のグループレッスンにも入り、週3で楽典・聴音・視唱地獄でした笑い泣き

 

月曜と水曜→声楽の先生とそのお弟子さん大学生が交代で、おもに楽典を見てくださって、あとは聴音ちょっとと、鬼のようにコールユーブンゲン…。

今でも歌える、コールユーブンゲン。

実はドイツ語、コールユーブンゲン。

ほんとは Choruebungenなので、コーア イゥーブンゲン。

 

土曜→音高受験、音大受験のためのグループレッスン。なので憧れの現役堀音生もたくさんポーン

人見知り発揮しまくって浮いてたわたしおばけ

堀音生が輝いて見えすぎて、目も合わせられなかった…笑い泣き笑い泣き

2クラス開講されていて、前半13:30~が基礎、後半16:00~が応用で、それぞれ単旋律4題、複旋律2題、和声(密集と開離)2題、あとはたまに暗記聴音などやってましたパーリズム打ちもたまにあったな。

で、最後にまとめて答え合わせをしながら先生がお茶とお菓子を出してくださって、その間に順番に新曲視唱…公開処刑バイキンくん

人見知りすぎてお菓子に手をつけられず、基礎クラスの丸つけ終わったあと速攻で帰宅してましたニヤニヤ

もちろんさらわなあかんってのがあったけど…それ以上に…なじめなくて…笑

 

 

専攻実技で一番苦労したのは、スケールカデンツアルペジオ滝汗

当時の課題は、全調テンポ120以上で準備して、当日くじびきしてDur mollそれぞれひとつずつ弾くってやつでした。

調号がなかなか入らず、(頭には入ってるけど、それがリアルタイムで指にこない)いつまでたっても引っかけていて、

テンポ120ってのもアルペジオがなかなか弾けず苦労しました…。

 

なんとかギリギリ全調125は超えてるかなーというレベルで迎えた試験当日、受験生控え室で

 

「スケールテンポどれくらいで弾いてる〜?うち150くらいねんけど、やばいかなぁ!?」

 

って喋ってる子が…笑い泣き

今でも覚えてるよ、K香ハート

それに普通に返してる子たちばっかで、弾き始めるまえに精神統一とかしてて、

私はもう必死で地蔵になってました宇宙人くん

 

 

あと苦労したのは、楽典の音程…おばけくん

音楽之友社のあの黄色の楽典の本。

音程のページがぶよぶよになっているのは、泣きながら問題解きまくってたからですゲロー

夜な夜な一人でこもって、ひっそり泣きながらやってました笑い泣き

もうダブルシャープとか記号みただけでかゆくなりそうなくらい苦手でした。

あとは、バス停とかで本読んでて、雨ふってきてぶよぶよのページもある。笑

 

 

地味に大変だったのが音楽の教科書…。

範囲が中学1年から3年の音楽の教科書全部だったので爆、最後の年表とか丸覚えするのが大変でしたうずまき

逆に言えば、楽語も教科書の範囲からしか出ないから、難しいのは覚えなくてよかったのですラブラブ

 

過去問で「これが出たら…」と戦々恐々としていたのが、冒頭数小節の楽譜がぽんとのっていて、

「この曲は誰のなんて曲でしょうっ?」ってやつですおばけ

ラヴェルの水の戯れと、あと何か忘れたけど、これだけは譜面覚えとかなあかんってのがあって、

もしその曲以外で出たらどうしよう…と思っていました滝汗滝汗滝汗

出えへんかったけどな笑

 

本当に1年で全部つめこまないといけなかったので、学校でも副教科の授業だったりすると、必死で隠れて単語帳やってました…。

英単語とかじゃなくて、

 

表→ラヴェル

裏→フランス・水の戯れ

 

表→ロシア五人組

裏→バラキレフ・キュイ・リムスキーコルサコフ・ボロディン・ムソルグスキー

 

みたいなやつ笑

 

長くなってきたので⑥へ続きます右矢印右矢印右矢印