2年の秋
3年生が引退して
自分たちの世代になった
2年は2人しかいなかったから
私がキャプテンになった

そんな時大好きな祖母が
体調を崩して1ヶ月の入院。
ほとんど全部の家事をしていた
祖母に変わって
私が毎朝5時前に起きて
姉兄と父さんの弁当と朝ごはんを
作って洗濯を干して
朝練に行くようになった

部活が終わったら
すぐに帰って洗濯を取り込んで
夕飯を作り、お風呂に入って
洗濯を畳んで父さんのシャツと
ハンカチにアイロンをかけて
寝るのは日付が変わる前

そんな生活を続けて授業も
ままならないほどに眠くて
よく保健室で休ませてもらった

それでも母さんが帰ってくることは
なかった。

父さんがなるべく私の負担にならないように
お惣菜を買ってきてくれたりもしたけど
決して裕福ではない家庭だったから
毎日惣菜を続けるのは無理があった。

少しづつ私の中で鬱憤は溜まって
なんで私がしないといけないの?
なんで母さんが家にいないの?
って日に日に強く思うようになった
毎日母さんからは電話があるだけ
電話で話したら余計イライラした
なにがごめんね?なの
ごめんねって言うくらいなら
帰ってきて家の事してよ
って…そのイライラをぶつけるとこも
なくて携帯を壊してしまったこともあるし
家のものを壊したこともある

そんなある日少し家によった母さんに
いつかと同じ質問をされた。
帰ってきてもいい?って
私は、正直好きにしたらいいと思った
今更帰ってきたところで
っていう気持ちと帰りたいなら
帰ってくればいいじゃん。って
別にパパに会おうと思えば
もう電車にも乗れるし
携帯もあるから連絡して
1人で会いに行ける。
だから「好きにしたらええんじゃない」
って伝えたら
母さんは激怒して
「どーせ、あんたはパパのことなんて
どーでもええんやろ!!」って
怒鳴られた。そのまま母さんは
パパの所に帰っていった。
その日の夜、姉のKちゃん(3番目)に
思いっきり八つ当たりして
なんで、私がここまでせんといけんの
なんであの人は帰ってこんで
パパのところにおるん?
こんなんなら父親が2人おらんかったら
よかった!!
そう泣き叫んだ。Kちゃんは
何も言わずただ背中を摩ってくれた

嬉しかった反面
困らせてしまったことに気づいて
もう本音は誰にも言ったらいけない
って思い始めた

無事、祖母が退院して
それからは手伝える時は
早起きして手伝ったり
洗濯は私がしたり
祖母の負担を少しでも減らそうとした。

だけど段々と家に帰るのが
嫌になってきて
学校帰りに寄り道をしたり
Nちゃんとまたタバコを吸ったり
万引きしたり…
どうなってもいいって思ってた。

そして去年と全く同じ時期に
また学校に呼び出される…
近所の本屋が学校に通報したみたいだけど
その本屋には行ってもなかった
だから自分たちじゃないけど
Nちゃんは、泣きながら
私が無理矢理やらせたって
先生に言ったらしい。
私は強要もしてなければ
止めてもない。反論するのも
バカバカしくて悪いことをしてたのも
事実だから、もう何も言わなかった
その日からNちゃんと関わるのを辞めた


明日は中学生活最後の1年です!
嫌がらさをされ始めたり
初めて塾に行くようになったり
気づけば3年になって
色んなことが最後になった
Nちゃんとの関係にも変化があったり…