悲しいほどお天気
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「ああ 失うものはもうなんにもなくて
 心静かな私がはじめて見える 

 

 夢中になれる何かがどこまでも導き
 いつしか遠く旅したとこの海に立ち告げよう」


なんだか急に、

恋愛映画に思いっきり涙したい気持ちになって、TSUTAYAへ。

邦画コーナーにはなぜかピンとこず、行きついたのは「マディソン郡の橋」。


家に帰ってわくわく再生したものの・・・

なぜか一滴の涙もこぼれない・・・

昔見たときは確かに号泣したのに・・・


秘めた恋に対する感覚が変わってしまったのか、

感情が鈍ってしまっているのか、

夢中になれるなにかに導かれ、心静かな私になってしまったのか・・・


あ~あ、あ~あ、

なんだかあ~あ、ってくすぶって過ごしていたら、

今放送中のドラマ「最高の離婚」に、思いがけず号泣してしまった。


今の私にはこっちが等身大ってことなのかな??
ま、いいや。

泣いてスッキリすることはアラサ―にも必要よね?ドキンちゃん。






「私が好きなのは 嵐の後 光る水平線

 しけた海もやがて月を映す 銀の鏡になる

 HURRY UP 心のまま 

 HURRY UP 今は急いでみる
 叫ぶような風に じっと身をさらしながら

 

 許して今まで傷つけた

 いまでは会えないあの人へ

 旅をする 心のまま」



わりと感情論者で、

心のまま行動する方で、

行き当たりばったりの人生だけど、

特に後悔もなくて、

だから自分の気持ちや思いつきは大事にするようにしてる。


だけどこの前プッツリ折れかけた自分の心はなんだかよくわからなくて、

あんまり考えないようにしてた。


でも、突然ほのぼのメールが来て、嬉しくなって、ちょっとわかった気がした。


「距離感」をつかみ損ねてたのかなって。


毎日会ってた頃は、相手がどんな心境で何を求めてるのかわかってた。


だけど、時間があき過ぎるとあせって距離を縮めようとから回ってしまう。

そーゆーことなのかなって。


当たり前なのかもしれないけど、距離感って多分、

一緒にいた時間が長いほど取り戻すのは早いし、

離れた時間が長いほど取り戻すのが大変になる。 


「今では会えないあのひと」

にならないよう、光る水平線を大事にしようと思った。


折れかけた心に絆創膏を貼ったよ、ドキンちゃん。

「今も好きでいてくれたら 全て投げ出し

 あなたのもとへ帰りたいけど

 もう少しだけ もう少しだけ 先へ行かせて

 昔と同じ自分のままじゃ 帰れない」


私の夢が大きすぎて背負えないと、投げ出した男がいた。

彼の夢も大きかったけど、ベクトルの向きはあまりにも違ったから、

ダメになる予感はあって、でも考えないようにしてて、

だから投げ出された瞬間、夢に向かって走り出すしか、私の道はなかった。


コンチキショーと切なさが大きかったおかげで、今や夢の一部を現実にできた。


だから、この歌を聴いた時、

夢をあきらめかけたからって、一度でも夢に負けた男のところに帰りたいなんて信じられなーーーいって思った。


だけど、突っ走り続けてもいられない。

夢も現実の一部になるとそれは日常。

強い大人になった気でいても、最近なにかにすがりたくなることが多々ある。


だから実際に帰るという意味じゃなくて、気持ちの帰る場所って意味なのかなってふと思った。

思い出すだけで微笑んでしまう、あの頃の愛しい思い出たち。


「うんざりするような人生の中で

 でも無性に会いたくなる思い出がある」


ここは大好きなのよ、ドキンちゃん。