東京のアパートで 五歳児の女の子がネグレストの末に亡くなった、否!殺された事件。

 日々新たな事実が報道される。そのたびに、「いたたまれない」気持ちで、心を痛めていたのは、私だけではないだろう。このように書き込もう。と思っても、心が重い。そんな・・・・私だけではあるまい。
 最初に出てきたのは、「ごめんね」という手紙。・・・5才児がである。どのような気持ちで書いたのだろうと、・・・・
朝、4時起き?書き取りの「勉強」?・・・
  それほどの要求をする「親」は、どれほどの学者さんレベルなんだ?
   自分ができない自分のレベルを超えた要求がなぜ「子どもに」できるんだ?
    自分を見れば、自分子のレベルは、トンビがタカを生まない限り、わかるだろう。
     友人と話をした若い頃、結婚して女の子ができたら、「エステルとつける」と言い、
       「自分の顔と相談しな!」と言われた。そんな事は無いのか?
当たり前のように?長期間の虐待のため、「免疫をつかさどる臓器」が5分の一に「萎縮」していたという。
   寒い部屋、暗い部屋、親からの愛情はおろか、暴力を受けて・・・、
    普通の「子ども」なら、暗いというだけで母を求めるだろうに。

 「不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。」マタイの福音書24:12
 いたたまれない。心が凍り付く思いのする事件が、たしかに多くなっているのではないか?
 親が子を「愛せない」ほどに、愛が冷え切っているのだろうか?