父が亡くなったのは昨年8月後半。


祖母が7月頭に老衰で亡くなった…


1年に身内2人も亡くすことは人生で初めてでした!


そうそうあっては堪りませんよね💦


さて、以前父が亡くなったブログでも書きました

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死んだ母‼️


私に「ずーっと見てたよ!よく頑張ったね!!」と…


何のことかわからなかったけれど、父が亡くなった時にその意味を理解したのです!


母は2013年1月4日未明、心不全で亡くなりました(享年61歳)


2012年12月28日くらいから体調が悪くなり…


数日間、母はかなり辛い状態でありながら父の食事や着替えなどをやっていました。


1週間後にはとうとう起き上がることが出来なくなり、父は母の携帯から私に電話を寄越したのです。


父は失語症


言葉がなかなか出ませんが、あの日の父は私に「病院へ連れて行ってくれ!」と、ハッキリ言ったのです。


救急搬送されて、腸閉塞、腎不全、低体温、脱水状態と判明。


翌日の手術に備えて、ぺちゃんこになっている血管に水分を入れなくてはならないと言われました。


その点滴により、【心不全】が起きる可能性もありますと説明を受けましたが、それをやらなくては手術は不可能だと…


そして母は点滴によって、手術の前に命を落としました。


母は「お父さんのご飯は?」と、最期まで私たちに言ってました…
 

私は「自分の身体を大事にしないと、何にもならない」と病室で怒鳴り、「そうだね…」と、弱々しく言ったのが最後の会話です。


あれが最期になるなんて思いませんでした…


その、死んだ母が夢に出て来て発した言葉。


「よく頑張ったね」って、母が言って欲しかった言葉だったのかもしれません!


父が倒れてから、母は「私が看るよ」と極力私たちに負担は掛けずに、父の身の回りのことをやっていました…


当たり前のことと思うかもしれませんが、父が倒れるまで母は家事育児以外やらないで生活して来ました。


父が倒れて、私たちよりも大きな不安があったことは間違いありません。


私も出来る限りのことをやりましたが、母の大きな支えがなくなったことは間違いないのです…


メニエール病を発症したのは、父が退院して家を手放し、アパート生活を始めた数ヶ月後でした。


 メニエール病


ストレスからの発症だったと思います。


母に「お母さん頑張ってるね」と、声を掛けたことは1度もなかったことが悔やまれます。


そして夢に出て来て、父を連れて行くことを私に告げたのだと思います…


「よく頑張ったね」


そう、過去形です!


母が夢に出て来たことは数えるほどで、鮮明だったのはこの時だけ。


ちなみに母は12歳で実父を亡くしていますが、1度も夢に現れたことはなかったと生前言っていました…


「成仏すると夢にも出ないらしい」


そう笑いながら言っていました。


今頃は痛みも苦しみも、不自由さもなく、父と過ごせていたならいいなと思います…