太平洋側にある宮城県で生まれ育った私は完全に侮っていた…冬の日本海側の気候。雪波
日本海側じゃぁ冬に雷が鳴ります。


生まれてこの方、冬に雷鳴が響くなんて体験してなかったから衝撃的だったね。
しかも去年今の時期はまだ里帰り中だったから分かんなかったケド、11月も半ば近くなると毎日毎日天気が悪い…しょぼん雨雷雪

去年夏の終わりに引っ越してきてからと言うもの、ただ隣県に来ただけなのになんだこの違いは!?と驚かされる日々であります。

そして実家に1泊とかする度に太平洋側の冬はからっからに晴れててイィなぁと思うわけです。ガーン


とまぁ天気の話なんかその辺にしておいてひらめき電球

最近の娘氏はあんよが上達して興奮すると小走り?みたいになっていろんな家具のカドが怖いガーン
便利グッズで覆っててもぶつかったらいたいよなぁあせるさらに追いかけられるの大好きだから尚更DASH!
…ん?追いかけなければイィのか?笑

そんな娘氏↓




近づいてもお魚さんたちに逃げられる。
そののち手を水槽に叩きつけ動く魚を見て興奮目キラキラキラキラ
たまに水槽舐めようとしてるから外側だけは必死にみがかなきゃねチョキにひひ







旦那氏がヨドバシのポイントが切れそうだからとポイントで買ったおもちゃに喜ぶ娘氏。
「アッパン(アンパンマン)」連呼でほめると得意気な顔。…くっそぅかわいすぎるぜプンプン

いつも思うケド子どもの成長は早いねぇ。
たとえどんな天気だろうと。←え?天気ネタ?笑

あーー天気悪いの嫌だーショック!ショック!ショック!ショック!ショック!
お腹に宿ってくれた赤ちゃんについて。

赤ちゃん、稽留流産の診断ののち進行流産となってしまいました。



自己満足的につらつらと流産の経過や気持ちを書いていくことと、部分的にかなり生々しい表現があるので、もしこのblogにたどり着いた方がいてそういうのが苦手な方はスルーで。













10月も末のある日、トイレに行くと出産の前兆で出てくるおしるしみたいなものが出てることに気づく。
最近ばたばたしてたし少し無理しちゃったのかなぁと思い、次の日は娘氏とずっと家にいようと思った。


そしたら次の日、少しずつ出血が始まる。生理が終わるちょっと前みたいな感じ。
休日なため、かかりつけ病院は診察していなく、だったら大きな病院で急患として診てもらおうと旦那氏が言い県立病院に電話をしすぐに病院へ行き診てもらうことに。

県立病院で診てもらった結果、この間かかりつけで診てもらった時にはあった赤ちゃんの心拍がなくなっていて、かつ胎嚢の付近から出血していることや、(前回の赤ちゃんの大きさを聞かれ、この病院で診てるわけじゃないケドという前置きで)前回の赤ちゃんの大きさからさほど変わってないために残念ながら流産でしょう、と言われた。女医さんで、すごく丁寧に丁寧に説明してくれた。

そして、後日かかりつけ病院で診てもらってね、おそらく処置する事になると思うからとのことで帰宅。


赤ちゃんが小さめだなぁと自覚もあったし、出血し始めた時点でなんとなく覚悟はしていたけど…まさか自分がまた流産するなんて。
しかも今回は心拍も確認できてたのにと思った。
でも取り乱したりすることなく冷静に受け止めていたと思う。この時点では。


後日、かかりつけに行き診てもらったところ、胎嚢の形も崩れ始めてるしエコーで見る限りでは赤ちゃんも見えなくなってしまっているため稽留流産でしょうとの診断。
次の日に処置することになり採血したり説明を聞いたりした。
旦那氏が無事休みが取れたとの連絡があり、娘氏を見ててもらえる!とほっとした。

その夜、だんだんとお腹が痛み出したし出血も少し増えてきていたために早めに横になった。
悲しいはずなのに、どことなく自分自身やその状況を俯瞰して見ているような変な気分だった。


処置の日。
朝目覚めたら、一般的に言う生理2日目くらいの量の出血になってきた。
ひとまず娘氏にぱぱっと朝ご飯を食べさせ、娘氏のおやつや飲み物、絵本やおもちゃを持って3人で朝イチで病院へ。
処置は午後2時くらいからなため、旦那氏・娘氏はお昼前に帰ってもらうことに。

受付したのちすぐ呼ばれラミナリアや点滴の処置をし病室へ。
しばし3人でゆっくりするはずが、娘氏が自由に動き回れないことにいらだちぐずり始めたために10時過ぎには旦那氏・娘氏は帰宅。
あたしは病室に1人に。

生理痛のような痛みを感じながら、色々と考えていた。
3年近く前にも流産の処置したよなぁ、そのときほぼ麻酔効いてないような感じでかなりな痛みあったよなぁ、とか。
あとは今回の赤ちゃんについてだったり。

少し眠ったりもしたケド、点滴の影響なのかなんなのかとにかくトイレが近くて何度も何度もトイレ~病室間を行き来していた。

そうこうしてる間に午後1時になっていた。
旦那氏に娘氏の様子を聞くと、用意しておいた離乳食を平らげ昼寝をし始めたとのことで安心した。

そして、看護師さんがそろそろトイレに行っておいてねーと言いに来たため、さっきもトイレ行ったばっかりだケド、今日は何だかトイレ近いし行っておくかと立ち上がった。

ドアまで歩こうとした瞬間、大きめの塊のような何かが出てきた感じがした。
まさかと思い、少し冷静さを欠いていたのかなぜかとにかくトイレに行かなきゃと思いトイレにてパンツを下げて見てみた。
…案の定血の塊がでていて急いでトイレそっちのけで病室に戻りナースコールをした。その後もかなりな量の血が出ている感じがあって、夜用の生理用品じゃ足りなく漏れてきていた。

すぐに看護師さんが来たのち処置室に移動し、あたしは処置する台へ。看護師さんは出てきたものを確認していた。
やはりラミナリアとともに赤ちゃんも出てきたと言われた。
かなりきれいな状態で出てきていたらしく、こんなにきれいに出てくるのは珍しいと言われた。

そう言われて自分でも赤ちゃんを確認したくなった。
見せてくれないだろうかと言う期待を込めて看護師さんにわざと胎嚢の大きさってどのぐらいだったんですかとふってみると、看護師さんが見てみる?と言ってくれた。
もちろんはいと答え見せてもらうことに。

塊はシルバーの皿みたいなものにのせられていた。
塊の中に透明な袋と袋の中に入った何かが見えた。

看護師さんがこれが胎嚢だよ、と教えてくれた。
そしてその中に見えるものが赤ちゃんだよ、と。






エコーではもう見えないと言われていたから、まさか赤ちゃんがいるなんて正直驚いた。
そして見たことにより、言葉に表しにくいケド…余計に現実をつきつけられたようでショックを受けた。
でもきれいな姿を見せてくれてありがとうとも思った。


そのあと先生が来て麻酔を開始した。

麻酔、何度やっても気分良いものではないと思う。
今回だって喉の奥から変な味がし始めたと思って顔をしかめて嫌がっていたら、先生が、流れに身を任せて、抗わないで、大丈夫ですからと誘導してくれて、その甲斐あってか?処置中の意識はなかった。
なので前回流産の処置したとき感じた強烈な痛みはなく、看護師さんの「終わりましたよ」の声で目覚めた。
と言ってもすぐにまた朦朧としパンツやスウェットをはかされている記憶も曖昧だった。


しばし処置台で寝かされたあと少ーしずつ意識を取り戻し始めた。でも完全にではなく、何度も夢と現実とを行き来している感じ。
その間ずっと処置前に見せてもらった赤ちゃんのことを思っていて、虚ろながらもあぁあたし、ショック受けてる、悲しいんだと感じていた。

そして処置室からまた病室に移動。前に処置したときは痛みはあるケドふらついたりしなかったのに、今回は自分でも驚くくらいふらついた。
麻酔の量が違うのか?

病室でもしばし休んだ後、診察をし、薬をもらって帰宅することに。
診察室から出ると、抱っこ紐で娘氏を抱っこしている旦那氏を発見。
看護師さんが旦那氏に今日はふらつき取れないからねと注意していた。
もう外は真っ暗でびっくりした。


帰宅して、この日は娘氏のことを全面的に任せて休んだ。小さな小さな赤ちゃんを思いながら。








旦那氏、娘氏の世話よくやってくれたよ、ホント。ありがとうだね。








これが処置の日までの出来事。

いつまでも落ち込んではいられないので次からは普通のblogに戻します。

先月末に1歳になった娘氏。


娘氏の風邪やあたしの体調不良で遅くなっちゃったケド、やっと誕生日会ができた音譜良かったー☆

旦那氏側のじぃばぁと、ホントはうちのじぃばぁも来る予定だったんだケド、予定があるとかでうちのじぃばぁは不参加ひらめき電球
だケド事前にお餅やお祝いを持ってきてくれたクラッカー






飾り付けは体調不良もあってごく簡単に済ませたひらめき電球
ヒヨコさんは保育園開放DAYの誕生会に参加したときにもらったもの音譜



↑お餅を背負わされる娘氏。
義父が支えててくれたから普通に立ち上がってよちよち歩いてたにひひ









娘氏ご飯と娘氏用ケーキ(*´▽`*)
ご飯は↑にプラスして大人の料理の取り分けも。
パクパク食い散らかしてたにひひ





もう一つケーキ音譜


娘氏もご機嫌だったし、ちゃんと祝ってあげられて良かったドキドキ

娘氏、おめでとう。
いつも笑顔をありがとう。
不器用なママかもしれないケド、ママにさせてくれてありがとう。
力強い産声、一生忘れないよ。
大大大好き!!