近頃話題のSNSさん
まぁこのアメブロさんもその一つになるわけですが、
いろいろ問題起きてますね
特にツイッターとかTwitterとかつぶやいたーとか

お茶の間TVなどでは、現実と虚構の区別がついてないとか
現実味のうすれだとか
ひととのつながりが希薄になっているだとか
なかなか素晴らしい論()が展開されちゃってますよね

まぁ一理も百理もあるんですが
言ってしまえば、そんな風に語るひとの大半が
ネット非ネイティブのみなさんですよね、
ネットやコンピューターといったものをある程度の年齢で受け入れ、
主に仕事の道具として活用してきた人たちがメインだと思います
私の知る限りそうですしね
若年層で上記のような論をしている方がいたらぜひ教えてください
めちゃくちゃ貴重な人材っすよ、その人

それはさておき、ネットの受容期の違いというのは
人間性や行動、思考に大きな差異をもたらします。
ネットだけじゃないですよね。
TVもそうですし、漫画だって、化粧品もそうですね
さらに言えば受容期だけではなく、受容種類も大きな差異をもたらします
流行に敏感なグループもいますし、ヲタク趣味のグループもいます

要するに
どんなものにも差異は生まれるんです

最近は特にその多様化が激しいというだけです。それだけのことです。
確かに、今日問題となるのはSNSなどにはまった若年層がメインです
しかし、それは今までもあった経緯です
それこそ今は見なくなったコテコテの不良が問題になった時期もありますよね
ですがその人たちが今は社会を動かしているわけです。

問題は問題として受け止めるべきですが
その範囲を極度に広め、必要以上に批判的な考え持つのはよくないです

一度受け入れましょう
どんなものでも。

ただ、自分の考えから動かず、批判し続けるのではなく
一度受け止めた上でもう一度考えたほうがその人自身のためになります。

差異とは一歩間違えば、悪い意味での差別になります
けど好い差別もあります。
「あの人の考えは私と全く違うけど、そういう考えの人もいるんだな」
と考えるのも差別です
そこからどういう風に自分の中で消化するのかが問題になります。

差別、の定義もう一度みてください。

そして今の若者たちを一度受け止めてみてください。
(若者はおっさんたちを受け入れようぜ)


おはようございますこんにちはこんばんワ

どうもメガネノ縁と申します。
現在某私立大学で政治やら経済やらを学んでいる若輩ものでございます。

このブログに書きますのは、
日々の怠惰な生活やダメ人間っぷりをなんやらいい感じの言葉でまとめて
「一般的に悪く思われることでも案外そうでもないかも」と思ってしまうようなことです。

日本語がおかしい?
気にスンナこのやろ~
ということで、

まぁ、まとめますと
自分自身の失敗だらけの人生の中でなんとなくたどり着いた自分なりの真理

「どんなことにだって意味はある」

そんなことをいろんな人にも共感してほしいのです。

『心のチャンネルをまわせ、君たちが変われば何色にだって世界は変わってしまうものさ』
コンドル閣下(「俺たちに翼はない[Navle])もそう言っていたじゃない、とうわけなのです