【#46 Reunion night / Oct.1.0087】

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 1年戦争が終結すると、”ガンダム”はすぐに回収された。代わりに配備された機体は、ガンダムと比べても、遜色のない性能を有していた。しかし、再び配属されたアフリカでは、戦闘らしい戦闘にもならないまま、一年が経った。いや、散発的な戦闘はあったのだ。だが、第22遊撃MS部隊は、積極的に前線に出されなかった。自分のせいだ、と、キョウ・ミヤギ少尉は感じていた。
(お荷物だ、これでは……。)
 22部隊の解隊を告げられたのは、そんな焦燥に身を焦がしている折だった。
「私は、いつでも準備ができているよ。」
 間も無く、出会ってから1年も経とうという、U.C.0081の、10月初旬のことだった。いつもの最初の一杯、ロックグラスのシングルモルトウイスキーを口に運ぶ直前、ヘント・ミューラー少尉はそんなことを言った。
「戦士としての君の矜持は、もちろん尊重するし、尊敬している。だが、もし君が、戦士でなくなったとしても、わたしは君というひとりの人間に、敬意をもち、愛し続けられる。」
「”朴念仁”が随分とはっきりと……成長されましたね。」
 あれから何度目かになる、そんなやりとりを、ミヤギは受け流す術を身に付けてしまっていた。
「年が明ければ、T4大隊に、戻れることになりそうです。」
「”トップガン”だな、正真正銘の。」
 なんですか、と首を傾げてみせたが、ヘントは微笑んだまま答えない。きっとまた、地球の古い小説や映画の話だろう。応える代わりに、話を続けた。
「なるほどな、そこならば戦闘任務は発生しない。君の回復を待つにはいい場所だ。」
 ブライトマン少佐のご配慮だな、と、最後に呟いたのを聞いて、そうです、と応えた。
「模擬戦だけは、心配だな。」
 ヘントは、遠くを見つめた後、ミヤギをまっすぐ見た。
「分かっている。いつまでだって待つと、言ったのは俺だ。」
ヘントは、穏やかな目を向けて言う。
「”朴念仁”が勝負に応じるまで、君も待ってくれた。次は、俺の番だな。」
 そう言って浮かべた優しい微笑みが、瞼の裏に、いつまでも、消えない。
 待ったと言っても、あの時自分が待ったのは、せいぜい数日だった。
 でも、彼は——今も……。
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 コーヒーの香りが鼻腔を充たす。
 悪夢、とは言えないが、良い夢見だったとは言えなかった。
 鏡を見るが、顔色は悪くない……と、思う。
「今日は、チタにも何も言われないかな……。」
 いつものように、シャワーを浴びて、コーヒーを飲み干し、部屋を出る。いつものように、小柄な衛生兵が駆け寄ってくる。
「何か、嫌な夢でも見た?」
そして、いつものように、見抜かれる。
「……。」
「……何?」
「あなたは、ニュータイプ?」
「あのねえ、6年も一緒にいればさすがにわかるでしょう。」
 あきれたような、おどけるような、複雑な表情でチタ・ハヤミ少尉は応える。
「まあ、ニュータイプは置いておいて……ごく親しい間柄の者同士に、テレパシーのような感応が起こる、ていう実験は、昔からあるよね。」
「……へえ?」
「興味ある?」
 どうかなぁ、と、曖昧に応えたが、チタは構わず続ける。
「夫婦間でやったりするけど、全然別の部屋にいる二人の脳波を、それぞれ測定するの。」
「それで?」
チタが話したそうなので、とりあえず相槌を打つ。夫婦、という言葉が、今朝の夢見のせいか、わずかに胸を痛める気がした。
「全然別の、離れた部屋でよ?一人はテレビのコメディ・ショーを見る。もう一人は何もしないでじっとしているのだけれど、コメディ・ショーを見ている方。そっちが大笑いして、脳波が大きく動いた瞬間、もう一人のじっとしている方、どうなると思う?」
「普通は、何も起こらないけど……。」
「でも、そんなこと、わざわざテレビで流す?」
「じゃあ、一緒に笑う、とか?」
「惜しい。わずかにだけれど、まったく同じ瞬間に、何もしていない方の脳波にも、同様の波形の変化が起こる。」
 それは、ちょっと驚きだ。
 だが、言われてみれば納得できる気がする。相手がニュータイプとかではなく、何か、気持ちが通じる瞬間というのは、誰にだってあるはずだ。
「脳って、電気信号を発してるわけだから……もしかすると、自分の体の外にもそういう、ビビッて飛ばす力とかもあるのかな?そういうのが強い人をニュータイプって言うとか?」
チタは、少し興奮しているようだ。
「波長が合う、みたいなのも、あるんじゃない?」
ミヤギも、乗ってみる。
「あなたと、わたしみたいに。」
 ミヤギの言うのを聞いてチタはニコリと愛嬌のある笑顔を浮かべたが、あ、と声をあげる。
「なんでそう、変な遠慮するのかなあ……そこは、さあ……」
「いいから。」
 おそらく、”彼”の名前を口にしようとしたチタを遮る。
「とりあえず、朝食を。今日は余裕があるから、ゆっくり食べましょう。」
 今日は飛行訓練はない。午前中は非番で、夜にはレセプションだ。昼過ぎには別のバンチ、”パルダ”に向かうランチに乗る。
 どうやら、EFMPの、ヘント・ミューラー中尉も来るらしい。ミヤギは、思わずこぼれそうになる笑みを噛み殺した。
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 サイド5"パルダ"のレセプション会場は、軍人や政治家、報道陣などで人に溢れ返っていた。
目立つのは、政治家たちだが、アナハイムのお偉方らしき面々や、その傘下会社の役員と思しき一団が特に目を引いた。その中に、ひときわ目立つ、美しい男が混じっている。
「ええ、ようやくここまで持ち直しましたよ。」
 報道陣に囲まれているのは、アナハイムエレクトロニクス傘下の複合企業、モーレン社の役員、グレン・G・モーレンだった。
「わたしが、いわゆるミリタリーマニアでして。ジオンのメカニックには、正直なところ、美学を感じています。今も。」
報道陣からのインタビューに、爽やかに受け応えをしている。モーレン社は、かつてサイド3に本拠地を持っており、1年戦争当時も軍への関与を疑われていた。戦後、MS産業への参入に意気込んだが、疑惑の影を拭いきれず、実権をアナハイムに譲り渡すことに甘んじた。それがこの数年、独自の技術の提案と開発で、勢いを取り戻している。EFMPのシュトゥルム・ザックも、ベースはハイザックで、アナハイム社による開発だが、モーレン社の技術がふんだんに盛り込まれた機体だ。高コストで量産には向かないが、もはやハイザックとは別物と言っていい、野心的な機体で、注目を集めている。

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 傍には、ガードマンだろうか、粗暴そうな男と、虚な表情をした女が、揃いの黒いスーツを着て立っている。女の方は、ガードマンにしては妙に華奢だ。
 女は、ふと、何かに気付いて、グレンにそっと耳打ちする。その親し気な様子が、もしかすると、ガードマンではないのかもしれないと周囲に感じさせたらしい。週刊誌記者らしき女が、パシャパシャと写真を連写した。
 グレンも、何かを小声で応じると、女は、子どものような無邪気な顔で笑い、人ごみのなかに消えた。
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 "ブルーウイング"隊長のキョウ・ミヤギ中尉の周りにも常に人だかりがあり、誰かが必ず傍で話し込んでいる。今も、会場正面にある巨大なスクリーンには、青いカラーリングのMS隊による曲芸飛行の映像が映し出されていたが、その琥珀色の瞳に、深い疲労と焦燥の色が浮かんでいることには、誰も気づかない。
「曲芸とは言え、素晴らしい飛行ですね。重力下での飛行はあなた方の方が練度が高いかもしれせんね。」
 しきりに話し掛けているのは、ティターンズのケイン・マーキュリー少佐だ。
「一糸乱れぬ連携は、作戦の遂行の基本です。我が隊も日頃から、連携訓練は欠かしません。」
 エゥーゴとの戦闘が激化しつつある昨今の状況もあってか、今年は10月の新サイド5警備任務に、ティターンズも加わる。ケイン少佐の隊は、そのためにここに来た。今年の航空宇宙祭では、ティターンズの新型機のお披露目も行う予定だ。
「実戦向きの技術もご教授しましょう。どうぞ、我が隊の訓練にも、ご視察にいらしてください。」
 にこやかに言うと、さっとその場を離れた。
「嫌なやつだ。」
 シャンパングラスを持ったアランが、そっと耳打ちする。
「あっちが一方的にまくし立てて、君はほとんど話していないないじゃないか。ありゃあ、"会話"と呼べない。」
 ミヤギは、苦笑いを浮かべたが、こういう場ではケイン少佐のような相手に適当に相槌を打っている方が気が楽だ。報道陣の、あちらの望むような回答を引き出そうとするような、ねちこい"会話"の方が得意ではない。
「失礼します、アルテミスジャーナルの、ローズです。ミヤギ中尉と、アラン中尉のお二人は……」
 そうだ、たとえば、こういう。
「お嬢さんね、そういうのはもう少し会話を楽しんでからスマートにいかないと。がっつきすぎだ。」
 報道関係者らしいが、見たところ随分若い。もしかすると、まだ10代かもしれない。
「あちらのティターンズの将校さんなら、気持ちよく色々話してくれるよ。」
にこやかに言いながら、アランは若い記者を、ケインが去っていった方に押しやった。
「貸し、一つだ。」
「食事は付き合いませんよ。」
「良いよ。別に今すぐ返せとは言わない。」
アランは、近くのテーブルのオードブルから、バーニャカウダをひとつまみ取って、シャリっとかじった。こういう動作ひとつにしても、いちいち様になる男だった。
「調べてみたけど、ティターンズのあの少佐さん、天下に冠たるティターンズの癖に、大した腕じゃないぜ。」
 アランが馴れ馴れしく話しかけてくると、さっきの記者が、遠くからカメラを連写しているのがわかった。
「今どきマゼラン級一隻で、あちこちの宙域をフラフラして、EFMPの連中みたいな、中途半端な仕事ばかりしている。」
 今や時代はMSだ。大艦巨砲主義時代のエース艦だったマゼランよりも、MS運用能力を持った実用的な艦、サラミス改のほうが、よほど使われている。ケイン少佐の部隊の装備は、前線できちんと戦わせたい部隊にあてがわれるような内容ではない。
「噂話は感心しません。そういうのが、たび重なるお断りに繋がっているとは思いませんか?」
「品行方正なら、誘いにも付き合ってくれるのか?」
アランを無視して、ミヤギは、持っていたグラスのハイボールをほんの少し口にすると、人混みの上に目を滑らせる。視線の先には、地球連邦軍仕様の、白い制服に身を包んだ一団が見えた。
「君こそ、感心しないな。」
 ミヤギの視線に気付き、アランが言う。
「さっきのお嬢さんみたいなのが、うろうろしている。恋する乙女の顔は控えた方がいい。」
「あなたが言うことですか?」
 ミヤギはアランと目を合わせず、ため息をついた。
 だが、そのとおりだ。
「私的な表情は、みだりに衆目に晒すものではない。それはあなたも一緒です。」
 グリーンの瞳を、しっかり見て否定するため、顔をあげる。ふと、先程まで自分の周囲に群がっていた人の群れが消えているのに気づく。ティターンズの将校と、アランのおかげだろう。特にアランの、親しげな態度は、周囲の遠慮を引き出すのに効果的だったようだ。
「これは、借り、ですね。」
 ふっと笑って小さく呟くと、アランが不思議な顔をした。構わず、ミヤギは軽く微笑む。
「では、中尉も、お楽しみを。」
言って、踵を返すと、人混みの中に分け入った。
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【 To be continued...】