怒りの積み重ねがやがて恨みになりとんでもないエネルギーを発する。

恨みというのは個人に向けず法人などの団体に向けるべきだという自論がある。

理由を説明するにはシーソーまたは天秤をイメージして一つひとつの要因はオモリ。大きい要因もあれば小さな要因もあり小さいものが積もるとシーソーは傾く。

この傾きを方針とか決断と捉えている。

会社で言うとかたむきが方向性でありオモリが個々や色々な諸事情だ。

例えば、社長がこうしたいと言っても、社員全員がその方針と違えば会社は社長の意向通りにはならないわけで、法人とはそのような様々な要因により舵取りされていると思っている。

このような舵取りの状態を体質と捉えたり!社風と捉えたりするが良くなりつつあるが自社のこれに恨みを持っている。

真っ向から対峙しようと思うし、一人になろうが流れに逆らってやろうと思って日々立っている。

長年の体質は個人的に見て本当にだらしなくて見てられない。「情けない」の一言。

しかしこれは誰が悪いと言う事は無く、自分も含め社員一人ひとりが作ってきた空気感な事は間違いない。

こう考えると自分自身が強烈なオモリとなれば天秤は傾くものと思うし、周りを少しずつ巻き込めば良い傾きになると思う。

社内に気に食わない奴なんてたくさん居るが、そういう奴らまで唸らせるくらいのメガトンオモリになってやろうと思う。

それには今まで通りのレールで行く気なんか無くてもっとスリリングで興奮する道を探したい。

そういう道を探すにはエネルギーが必要でそのエネルギーこそ「恨み」なんだと思う。