ご贔屓の喫茶店がなくなることがよくあります
愛読雑誌が廃刊になるなんてこともわりとあります
信頼してた美容師さんがやめてしまって途方にくれたり、愛用の消耗品が急に手に入らなくなることもままあります

そんなこと、ありますよね
と同意を求めてみましたが、

わたしはよく利用してるのに、そのサービスや商品が消えていくってことはですよ、利益が上がらないから、ですよね
ということはですよ、わたし以外のひとは、それ利用してないってことなのかしら?そうなの?ほんとに?

まあこーゆー日常的なことなら、仕方ないで済むとして、政治的なことについても、どうもわたしは少数派です

わたし以外の少数派のひとたちがたくさん存在することも、そのひとたちが大多数のひとたちに負けず劣らずがんばってるのも知ってるけれど

でも、デモもシュプレヒコールも世の中を変えない

みんしゅしゅぎのしゃかいでは、選挙に勝たなくては何も変えられない
自分たちの気持ちを代表する代表を当選させることができないってことは、それを望んでいる市民が少ないってことだ

みんしゅしゅぎのしゃかいでは
当選した議員が決めることが多数の市民が望んでいること、
わたしがそうであってほしいと思う世の中にならなくても

みんなって、だれ

いやな空気を吸っていると
いやな気分になってしまうよ

ちいさいはちどり
わたし
なんとなく、50才まで生きようと思ってきた
わたしの父親は「子供が親より先に死ぬのは一番の親不孝だ」とさんざん言ったので
最小限度として、両親が死ぬまで生きようと思ってきた

さて
両親が亡くなり、わたしは五十を過ぎた
子育ても終わった
いつ死んでもいい ということになる
いやいや、痛いのはいやだから、いますぐ死のうとは思っていない

だけど、ずっとずっと軽くなった

何をしていても、今は余生だと思えば、けっこうしんどいことも、なんとかしのげる
いいことがあったら、サンタさんにプレゼントをもらったような、得した感がある

お金も才能もないのに、よくここまできたな
たくさんのいいひとに助けてもらったな

若いころに住み込みの仕事をしていて、50代60代の女性たちと一緒に働いていた
当時、家族と離れて山奥の寮に住んで働く女性には、複雑な問題を抱えたケースが多かった
にもかかわらず、どのおばちゃんも、人懐こくかわいらしかったのだ
かわいいおばあちゃんになりたいなというわたしのライフモデルだった

エイジングは怖くない
メガネにあこがれていたから、気に入った老眼鏡を手にしてうれしかった
オイリースキンだったから、枯れてきたらにきびができなくなった
固有名詞を思い出せなくても、ぜんぜん平気

ほらね、一歩ずつ、かわいいおばあちゃんへの道を進んでいく



近くまできたので、富山城址公園をチャリで通り抜けてみました

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お城の中は富山市郷土博物館となってます
以前に会った学芸員さんいわく「ここは戦後一番初めに復元された歴史ある偽物のお城です」