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にゃんこまブログ

早産児そーちゃんと超未熟児あーちゃんの成長の記録です。

結婚してすぐには子供をさずからなかったので、産婦人科に行き、タイミング法をしながら様子をみてました。夫と、なかなか難しいね~なんて言ってた頃に、妊娠してた姉が男の子を死産しました。それが5月24日。

それから1カ月後くらいに、息子を妊娠しました。正直、嬉しかったとゆうよりも、うちのお腹に来てくれたんだね…としみじみ思いました。そして、もし彼が産まれてたらお腹の子と同級生だったのにね…と少し泣きました。

自分たちのために赤ちゃんを産むはずなのに、家族親族、皆を元気づけたい、そうゆう感情もありました。

だから、なんとしても私は生きてこの子を産むんだ!と強く決意していました。今思うと、授かった時の心境が皆とは違っていたのだな…と思います。

そこから、私のマタニティライフが順調にはじまる予定でした。が、予想を大きくはずれ、産むまで壮絶マタニティライフでした。

初期出血でおろおろし、妊娠悪阻が安定期まで続き7キロやせたのはほんの序章にすぎませんでした。

年末あたりから張りが増え、病院に行っても大丈夫と言われる。年明けになり、出先で張りがひどくなり、家に戻り病院受診し、張り止めをいただく。この時28週。

飲みながら様子みるものの、なんだか効かないくらい張りがあるので病院受診…入院→29週。

切迫早産。様子見で入院。しかし、点滴を減らしたら、とめられないほどの張りがボンボンきはじめ、入院していたら個人病院から救急車で大学病院へ転院。ウテメリンのみじゃ張りをとめられず、マグセント追加。

マグセントの副作用がひどく、いつも熱くてぼーっとしてました。動機、尋常じゃない喉の渇き、身体の筋力はどんどん低下し力があまり入らなく、ご飯を食べるとあごがしんどくて疲れてたべれない、食事で起き上がる時やトイレに行っただけで手や足がプルプルし、終えた後、疲労感がひどくはぁはぁ…そんな感じでした。

転院後、血液検査で炎症反応もあったため、抗生剤の薬を飲む。そのせいで薬疹が全身に発生。薬をやめても薬疹はひかず痒みも量も範囲もひどくなるばかり。出産まで薬疹は続きました。

マグセントで肝臓がダメになってきた場合と、薬疹があまりにもひどすぎて痒みに耐えきれない場合は点滴を抜くことも考えなきゃなりませんと医師から言われました。

なので、私は『じゃあ、私の肝臓が大丈夫で薬疹がひどくても私が痒みに耐えれるなら、点滴は抜かなくていいってことですか?』と聞いたところ、『はい』と先生がおっしゃったので、私は『頑張ります』と答えました。

薬疹はどんどんひどくなり、見た目も痒みも最悪で、看護師さんも薬剤師さんも同情してくるほどでしたが、私は『大丈夫です』を連呼してました。

今、点滴を抜くわけにはいかない、抜かれちゃ困るんだよ…私は何がなんでも生きてこの子を産まなきゃならないんだから…といつも思ってました。

マグセントは副作用がひどいので切迫患者さんはマグセントを死神とよんでました。入院後も張りがどんどんくると、そのたびマグセントの値を増やしました。出産可能な36週前に、マグセントの投与限度の最高値?を投与するまで張りが進んでしまい、これ以上張りがきたらもう産むしかないです。と言われました。お願いだから、36週までもって…そればかり毎日祈ってました。

結果、36週0日で点滴を抜くことができ、抜くとすぐに陣痛がきて、出産。1ヶ月早産でしたが、ギリギリ2500gあり、保育器に入らなくてすみましたが…黄疸がひどく、光線治療をするため、一緒には退院できませんでした。
それでもなんでも、生きて産まれてきてくれてありがとう…そう思いました。ただ、私はマグセントのせいで全身の筋力は落ち、退院後、階段を1段あがることもできず、転びました。薬ってすごい。。マグセントおそるべし…このマグセント、2年後の娘出産時にもお世話になることになります…笑