12月です。




クリスマスですね。





クリスマスといえば

「大切なひとと特別なひとときを」なんてよく広告でいってます。






たしかに「非日常、特別なこと」は大切です。

でも、それだけじゃない。



クリスマスのディナーでなくても




「役に立ちたい、力になってやりたい、何か特別なことをしてやりたい」

といった気持ちは

「愛されたい、相手にとって時別な存在でありたい、自分が助けてやらなければこのひとはだめなんだ。」

といった方向に向かわないとも言い切れません。








特別なプレゼントもいいかもしれませんが

普段、笑顔で相手とともにそこにいる、

そのひとのために祈る、

ただそれだけもなかなかいい贈り物ではないでしょうか??







相手を思う気持ちは

自分の声やまなざしに自然と現れてくる

そんな気がします。















いろいろぐちゃぐちゃと考えて

一人でじたばたしてました・・・。







中途半端に気遣うくらいなら

はじめから何もしない方がまし。







ひとにおせっかい焼いていろいろぐちゃぐちゃ考えるくらいならまず、

自分の一番大事なものに何をおいても誠実であるべき。








人の心配をするのは自分のことができてから。












今回のことについて言えば

足りない、足りないと余計なものをいろいろ拾っていたようです。










料理でも

芸術でも

生き方でも








究めていくごとにいろいろなものが増えていくのではなく

むしろ、余計なものがなくなってほんとに大事なのものだけが残っていく気がします。











余計なもののために視界が曇っているとき

自分をかわいがっているとき

そんなときほど







誠に生きているひと

自分のことを思ってくれているひとがいること

そして、自分にはほんとに大事にするべきものやひとたちがいること








自分の一番深いところに刻みつけます。









自分がそのとき、そのときやるべきことはいつもはっきりしてるんですね。

だって、いつもすぐそばで導いて頂いているんですから。








自分の意識を挟まず

即、動けるか。

どれだけ、添うことができるか。









それにしてもほんとうに今まで見捨てず

そばにいてくださりありがとうございました。









いついかなる時も

空気を感じて

添い遂げることができるよう生きていきます。










どうかこれからもよろしくお願いします

たとえ何があろうと信じる




でも、頼っているうちはまだまだ。






口をあけて待っているだけでなく





自分から探さなければ。