編集長さま
真那がどこに入ってもなじんでしまうのは、個性やダンスに「強く主張するキャラクター」がないからだと思います。
さらに言うなら、実際にはその「主張」をコントロールできる「能力」を、100%ではないにしても持っているはずで、それが研究生公演では控えめ運転、Sではほぼフルスロットルにシフトチェンジするわりに、「なぜAKB48アンダーガールズでフルスロットルにしなかった」のか、と。
それは「空気を読む力がある」わりに、分析して過小判断してしまう彼女の性格のせいだったと思います。
彼女は中高通じて新体操の部活を続けてきたそうですが、僕の推測ではその部活は「個人演技」より「団体演技」を中心に活動していたのではないかと思います。その6年間(実際は5年間)の間に、彼女は「周りとシンクロする」能力が人一倍研ぎ澄まされた結果、そのチームのパワーバンドの範囲の中にスムーズに自分を置くことができるようになったと推測します。
この「肌感覚」がないと、集団のなかでは一瞬ブーンと飛び出してしまい、後方を見ながら徐々にセーブしていくことになります。
珠理奈や玲奈にもこのポジショニング能力があると思いますが、彼女たちはパワーバンドの範囲のなかで、はみ出ない範囲で前方に自分を置き、真那はまさにセンターに自分を置くのだと思います。これはカンと技量を兼ね備えないとできないことだと思います。
またこのパワーバンドをわかっているのに逸脱してしまうのが鰹で、パワーバンドの低域側を確実にキープするのが久美であり茉夏です。
その視点からアンダーガールズのPVを見る限り、真那は安定位置をキープしていると思います。そこには山っ気はなく、真面目な彼女を感じます。僕からすればそれが真那です。
そして、そんなことは日々参観のお父様編集長なら百も承知だと思います。その上で「このままで、スターダムになれるのか」とおっしゃりたいのだと思いますが、僕個人としては今が一番幸せです。そして、そこが真那について「僕が思う限界」かもしれません。
この文章は私見と希望であり、彼女の活動や将来を決め付けるものではありません。
確かに「芸能界」を生きるなら、主張ある個性が必要だと思います。
しかし、個人的に言わせていただくなら・・・あくまでも僕個人の思いとしては「このままの真那をどれだけ長く維持できるか」が彼女にとって最良のレールではないかと思います。真那は歌や踊り、もしくは(ルックスという意味での)容姿を売りにするのではなく、「本当の真那」が「少女でありつづける」ことが最大の魅力だと思いますし、セールス要素だと思います。
ステージ活動でのダンスは主張的ではありませんが精細です。大振りではないけどきっちり動く。指先にも気をつかう。そして集団演舞ということで他と協調する踊りはできるが、新体操時代のクセや経験からなのか主張をする踊りは「与えられないと」やらない。そこには「立ち位置を守る」ことに徹する真面目さを感じます。
まずはどのチームに入っても、集団演舞としての1プレイヤーに徹する。
編集長のいう「研究生の中でも違和感がない」という発言がダンスも研究生レベルということであれば異論ありますが、そういう物言いではないと思うので、ならば、チームプレイに徹するプレイヤーなのだろうと思います。
また編集長は通じて「没個性は今ベストな選択なのか」ということを言いたいのであって、技量の話ではないと思いますが、技量で言えば「女の子の第六感」のオープニングや「チョコの行方」のジャンプに存在感がないとは思えないので、「見せ場」さえ用意してあげれば、彼女はその場を自分のものにするべく努力する人だと思います。「制服の芽」のS文字や、「仲間の歌」の3人などがそれだと思います。
チャンスは得るものではなく、自ら手に入れるもの、として考えるならば、ちょっとだけ運の無さも感じますが、そこも大矢真那、ですかね。
ただ....真那がソロアイドルとして育つのはかなり難しいと思います。
それは本人の能力の問題ではなく、ファンが望む真那像が背反する要素を含むからです。
・・・ファンのせいにしたい訳ではないので「僕の好きな真那像」として語ります。そしてここで書く考察はあくまで真那の概況であって、彼女の能力を揶揄するものではない点理解していただきたい。彼女が成長しようとする思いを否定するつもりもないです。
まず真那の顔には強い特徴がありません。
普段は髪毛を後ろであげるなど、髪型で勢いをつけていますが、素顔はこの前出たGテレのグラビア見てもわかるように「素」な感じ。強い個性はありません。
あれだけ素朴系が集まった「羽豆岬」でも、顔の個性の強い平松や小木曽、中西のなかで「主」ではなく「従」になってしまう。一言で言えば視覚的キャラクターとしては弱い。
ではなぜファンがいるのか、増えるのか。それは、その「裏表なき少女らしさ」に惹きつけられる物が多いからです。
女性なら多少は「少女らしさ」は「演じる」ことができます。
ところが視覚的に美少女でも、話し方を聞いたり仕草を見ているうちに今風なところを感じてしまって醒めてしまう。アイドルシーンなんてそんなものばかりではありませんか? そしてこの市場にロリ視点の人が多いのも、その「少女らしさ」が「演じ」ではなくリアルに存在している世代がせいぜいU15層だからです。
それでも15歳頃を境目にファンが「求めているもの」が徐々に失われていく。それはしょうがないです。対象の女の子もプライベートでは日々大人になっていっているのですから。
そんな中で、少女・・・もしかしたら幼少期の「少女像」すらを失っていない。真那はそんなコです・・・・いや、そう見えます(本当の本当は本人しかわかりませんので)。長い間アイドルを見てきて、そして大人になって結婚していく姿を見る限り、彼女のピュアさは「ガチ」です。
くったくない笑顔、意地になるまでの貪欲な食欲、そして有名になりたいと思う、不器用なまでの実直な思い。それと同時に、誰もを恨まず、誰もを陥れず(これについては無意識に無邪気にやることがあるが)、必要以上には自分を蔑まない。
その曇りなき雰囲気が、ブログからもMCからもDVDのオフショットからも感じられます。そしてそのオーラをメディアや公演を通じて受信した人で、シンクロしたひとがファンになっていくのです。
その対象がまもなく二十歳。これが14歳なら「あるある」ですが、二十歳と聞くと「希少価値」に変わる。そこも真那の魅力です。
処女論でガチと言わしめてしまうのも実はある意味で、アイドルとしての魅力だと思います。「分かっちゃいるけど」と思ってみるのと、「こいつはガチで未経験」と思ってみるのとでの、心の中での安堵感の違い。これはちょっとそっとの「演じ」では得られない、彼女の今日までの生き方が醸し出す希少な財産です。
「それでは大成できないよ」という声が聞こえてきそうです。困ったものです。
でも今の真那は、SKE48に興味を持ってもらった人に、見つけてもらうしかないんです。そのプロセスこそが彼女を純粋なままで成長していける幸せなプロセスとなる、と思います。
彼女は大地に力強く咲くひまわりの花ではありません。むしろ色鮮やかな花が咲き乱れる花畑のなかで、花びらは大きくないが、そっと、そしてすっと凛々しく咲いている小さな白い花。見る人はその花を見つけて、周りの花とは違う「凛」とした存在感に惹かれる。真那ファンはそういうひとたちだと思います。
と同時に、この花が枯れないよう、埋もれないよう、少し離れて気を遣う。いつか花びらが色付き、ほかの花と同じような花に育った時、安堵と、そして惜別の思いで見送る。あのままの白い小さな花でもよかったのに、と心のなかで少しだけ寂しい思いをしながら。
なにが成功でなにが失敗かは単純なものさしでは図れないと思います。
1アイドルとしては「どこでも使える便利カード」ではいけませんが、真那の魅力をわかって推している(一過性ピンチケじゃない)ファンは、そういった他のアイドルにはいない「特異な存在」に魅力を感じているので、今の真那はファンにとって今の真那は「正しい」と思います。1アイドルとして巣立たなければならないとき、多くのファンが見送る。そしてファンがいなくなる(減る)。
もしかしたらそんな葛藤を経験しないとならないと思います。
ソロアイドルとして育つことに不満があるわけではありません。ただ、その結果、失われてしまうのではと思われる「部分」に惹かれているファンが多いのでは、と推測しますし、その「部分」を維持するために無理にスターダムに、無理にソロプレイヤーにならなくてもいいかもしれない。わがままですが、今の真那は今のままが一番に思えてなりません。
幸いにしてAKB48が売れ、興味を持ったひとがSKE48にも興味を示す。そのなかにはひまわり畑の壮大さよりも、コスモス畑の愛らしさのほうがなじむ人もいる。その人にとって、真那という繊細な花が見出してもらえる。そんな感じでしょうか。コスモスの花はどんなに背伸びをしてもひまわりにはなれないですが、花にはそれぞれ存在感と魅力があります。
後半、まったくもって編集長に対する答えが書けなくなってしまいましたが、ひとつ付け足すとしたら、「声優市場」、この存在に真那の将来があるかもしれません。
別に声優になっていくべきという意味ではなく、あの市場に成り立つ声優さんの魅力を分析すれば、真那が無理なくおおらかに、でもファンを安定維持できるような気がします。それには、もう1本、別の軸が必要な気がしてなりません。声優さんが「声優業」を営んでいるのと同じような、なにか。それがまだなにか分からないんですけど。もしかしたら「お天気お姉さん」みたいなものかもしれません。
あ、結論は、恋のシーソーゲームPVでは、AKB48に混ざるはじめての経験だったんでセーブ気味だったと思うけど、回数を重ねていくうちに、AKB48メンバーも真那の魅力を感じて温かく迎え入れてくれると思うので、次のチャンスでは、もっと主張した存在になる、「やればできるコ」になるんじゃないかな、ということです。
P.S.コメント欄に書こうとしたら、字数制限で無理でした。当然ですね。