『信長ゆかりの寺、修繕費のはずが宝石に…』の事件。

元檀家さんのお話で
「寺の空いた一室に、買ったものを山ほど置いていた」
みたいな話しがあった。

それを聞いた瞬間、フラッシュバックしたのは、私の祖母の姿。



私の祖母はえらい浪費家。
祖母は結婚後は専業主婦。
祖父は仕事で一年の半分くらいは出張で、その間、パチンコ三昧。
料理もまともにしていなかったようだ。(父談)



今まで、何にお金をかけてきたかというと。
色々あるが、今回はまず、一番私を苦しませてきた『衣類』について。



和服だろうが洋服だろうが、買ったなら着てくれたらいいのに、一回も袖を通していない服が、昔から多数。

どれくらいあったかというと、四畳半の部屋が埋まるほどの量。
習い事等もしておらず趣味の集まりなんかも無く、そんなに出かける機会もないのに、袖を通さないよそいきの服が…90歳を間近にした今でも増え続けている。

多分、あのクローゼットの総額、小売店勤務時代のわたしの年収の、何倍もある。
下手したら10倍以上。



ご存知でしょうか。
衣類の関係は、買った当時は高かろうが、転売したとしても、滅茶苦茶安い。
値がつかないこともあるんですよね。

服は流行り廃りもあるし、手入れしてなければ痛む。
なのに、私が幼稚園に通っていた時からの祖母の口癖は





「素敵なお洋服がたくさんあるから、○○ちゃんは大学に入ったら、その服を着て通学するのよ♪」





あらやだお婆様ったら、ご冗談をー☆

と言いたくなるような一言を、その先何年も延々と言い続けたのです…

そして、その服にどう苦しめられたかといえば、
なぁんにも考えずに祖父母が家を建てたせいで、部屋数がギリギリなんですよ。
そんな中、一部屋クローゼット状態にしてたんですよ。

私の部屋、祖母のクローゼットでした。
衣装部屋、といえばまだいいけど、山盛りに詰まれた服。
しかも着ない服。





衣装部屋、クローゼットというより…



『倉庫』ですよね?





自分の部屋があるだけマシ、と言われるかもしれませんが。
倉庫暮らしをさせられたら?

小学校~高校の途中まで、当時、すごく気分の浮き沈みが激しかったんですが、あれ結構精神的にヤバかったのは、倉庫暮らしのせいでもあったんじゃないかなぁ…と、思うのです。

ま、それ以外にもあるんですが。
それは、また次回。
身から出たサビ!? 「暗くて後ろ向きな子ども」に育ってしまう親のNG習慣2つ






実家は自営業。
父方の祖父母が祖父の仕事引退後、道楽で始めた飲食店を、両親で引き継ぎ経営。

父が料理を、母がホールを。

幼い頃から、手伝いは強制。
大学まで手伝いがあり、大学の学祭のフィナーレの花火、在学中ついに一度も見ませんでした。

その大学も、父母が『この大学しか許さない』という大学に通わされました。
中学時代から被服が好きで、専門学校でも大学でも、その分野に進みたかったのですが、完全に無視されました。

その大学には家政科がありませんでした。
どころか、父母に理系以外認めないとされました。

当時、興味のある理系学部もありませんでした。
私の興味はどちらかといえば文系方面でした。

学力的にもそこまで高い大学ではなかったのですが、親が根回しと称して大学時代の恩師に挨拶に行ったこともあります。

結局AO入試で入学しましたが、今でもそれは親にとっては『ここまでしたからお前は大学に入れた』という、『してやった』的な感覚がまだまだ抜けないそうです。
…倍率はかなり低かったですよ。9割以上の方が合格してました。
難関でも何でもありませんでした。頑張りはしましたけど。

人生で頑張る時期を無くした、夢を持って動く時期がなくなった、そんな10代でした。
今でも、なかなか夢は持てません。

親が子供に口出しすることが100%悪いとは言いません。
でも、人生の選択なんて、助言くらいでいいと思うのです。
レールを敷く、助けてばかり、子供を思い通りに操る親と、わたしはかかわり合いになりたくありません。