『十如是事(法華経肝心抄・法華十如是肝心抄)』(佐前) | 細雪の物置小屋

細雪の物置小屋

御宗祖御開山遺文DBを中心に投稿します。
[参考]『日蓮大聖人の「御書」をよむ 上 法門編』著者・小林正博
発行所・株式会社第三文明社
『日蓮大聖人の「御書」をよむ 下 御消息編』著者・河合 一
発行所・株式会社第三文明社

此(こ)の十如是が百界にも千如にも三千世間にも成りたるなり。か(是)くの如(ごと)く多くの法門と成りて八万法蔵(ほうぞう)と云(い)はるれども、すべて只(ただ)一つの三諦(さんたい)の法にて三諦より外(ほか)には法門なき事なり。其(そ)の故(ゆえ)は百界と云ふは仮諦(けたい)なり、千如と云ふは空諦(くうたい)なり、三千と云ふは中諦(ちゅうたい)なり。空と仮と中とを三諦と云ふ事なれば、百界 千如 三千世間まで多くの法門と成りたりと云へども唯(ただ)一つの三諦にてある事なり。されば始めの三如是の三諦と、終はりの七如是の三諦とは、唯 一つの三諦にて始めと終はりと我が一身の中の理(ことわり)にて、唯 一物(いちぶつ)にて不可思議なりければ、本と末とは究竟(くきょう)して等(ひと)しとは説き給(たま)へるなり。是(これ)を如是本末究竟等(にょぜほんまっくきょうとう)とは申したるなり。始めの三如是を本とし、終はりの七如是を末として、十の如是にてあるは、我が身の中の三諦にてあるなり。
(平成新編0104・御書全集0410・正宗聖典ーーーー・昭和新定[1]0214~0215・昭和定本[3]2030~2031)
[正嘉02(1258)年(佐前)]
[真跡、古写本・無]
[※sasameyuki※]