先日、ゲノム編集についての番組を観た。
患者のDNAを調べて、異変が起こってるところを2ヶ所切り取って
正常に戻すという治療法。ガンなど治る可能性があると期待。
中国、アメリカは一歩リードしているようで
日本でも今年末ぐらいから来年にかけて治験?がはじまり
5年後には実用化を目指すとか。保険適用か否かはまだわからない。
そんな感じで理解しました。
番組では200歳超えても、生きれる時代が来るのか?的な
話題も持ち上がっていました。
お金で命が買えるなら、今から貯蓄頑張りますとの発言も。
一瞬、私も、喜びましたよ。
保険適用なら更に嬉しいなあとも正直思いました。
保険適用でDNAをどんどん調べてもらって不老不死!バンザイ!
何か、触れてはいけない領域に入ってるんじゃないかとかとも
色々考えてしまいました。
生きたいと思えば、いくらでも生きれる選択肢もある
そりゃ、生きたいでしょう誰でも。
だけど、200歳はちょっと、、、、じゃあ何歳まで?といわれたら
わからないです。
昔観た、映画グリーンマイルも思い出しました。
お彼岸の日、天候が悪く、お墓参りできなかった母を連れて
家族でお墓参りに行ってきました。
父は80歳の時、大好きな関取が勝った放送を観た後、
母が夕食の準備ができて呼びにいくと
2Fのリビングで眠るように亡くなっていました。
母は80歳を超えました。
母の自慢は健康。歯を一本も抜いていない事。
食事・運動など気をつけていて、元気に一人暮らしをしています。
そんな母が不治の病になっても、
ゲノム編集はしないよと言うはずです。
なぜなら、
母の口癖は、父のようにぽっくり、早く逝きたいです。
旅行好きで世界2周ほど回ってる母は
もう、したいことは全部したし、満足しているからといいますが
今は幸せじゃないのかな?
ぽっくり早く死にたい
それを聞くとき、それを言わせてる自分に罪悪感がうまれます。
仕事にかこつけて、あまり一緒に過ごせていません。
1日2時間ぐらい電話で話をするぐらいです。
もっと生きたいって言って欲しいと思ってしまいます。
ずいぶん勝手な思いだと我ながらいやになります。
ぽっくり早く死にたい
この意味が、母の年になれば、わかるのかな。
