昨日は、「バベル」を観に行きました。
http://babel.gyao.jp/

観終わっての感想。
う~ん、なんだ、このモヤモヤした気分は・・・、でした。
残念ながら、消化不良に終わったって事かな?

ぼくの観方が悪いのかもしれないけど、予備知識「0」で観て、作品のテーマが理解出来るのかな???

4つの話が、場所と時間が交錯して行くストーリーは、悪くはないです。
それぞれの話も、凡庸だけど、良い言い方をすれば、リアルな所に切り込んでいっています。
が、全体を見た時、ん何?、となってしまうんですよね。

なんだろ「詩」のような、短い文字が並ぶところからイメージを膨らまし、監督が思い描くテーマを理解していく、って事でしょうか・・・

テーマは「コミュニケーション」ってことだと思うのですが・・・、映画の中でも「音のない世界」に住む女の子が登場し、コミュニケーションが上手くいかないという、直接的な表現が出てきます。

が、なんで、上手くいかないコミュニケーションが、テーマなの?
ここが、どうしても理解出来なかった。

でも、答えのヒントは、タイトルにありました。

そう、「バベル」。

少ない知識の中で、「バベルの塔」っていう、天まで届く塔を作ろうとして、神の怒りを買い壊された、っていう話は聞いた事はありましたが、この話には、この映画を理解する上で、大事な事が書かれていました。

 旧約聖書 創世記 第11章

世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。
東の方から移動してきた人々は、シンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いた。
彼らは、「れんがを作り、それをよく焼こう」と話し合った。
石の代わりにれんがを、しっくいの代わりにアスファルトを用いた。
彼らは、「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。
そして、全地に散らされることのないようにしよう」と言った。
主は降って来て、人の子らが建てた、塔のあるこの町を見て、言われた。
「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。
 これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。
 我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」
主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。
こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。
主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。

う~む、そういう事なのね。
と、納得したわけでした。

しかし、例え言葉が同じで、健常者であっても、人とのコミュニケーションは難しいです。
少なくても、ぼくには、とても難しく感じます。
好きな人へ、ぼくの気持ちを素直に伝える事が出来たら、どんなにいいだろうって・・・
でも、あえて、もがき苦しみながら、人とコミュニケーションをとっていくことが「人」の道なのかもしれません。

あ、そうそう、映画のエンディングで「・・・・に捧ぐ」って出たけど、誰に「捧ぐ」なんだろ、調べても、はっきりした事が出てこなかったんですよね。

あんど、「チエコ」のメモ、なんて書いてあったのかな?
フツーに考えれば、実際に起った出来事が記されていたってことかな???
まぁ、あまり深く、考えなくてもいいことなのかもしれません(^_^;

それでは、また。