子連れでメキシコに住む(´・Д・)」。

子連れでメキシコに住む(´・Д・)」。

子連れメヒコ珍道中。

3人のおチビ達を携えて、夫の海外赴任に帯同。

赴任時のおチビの年齢…5歳4ヶ月、1歳9ヶ月、3ヶ月。

これから子連れでメキシコに赴任される方々に、少しでもお役に立てればと思います。(´・Д・)」

3人のおチビ達とのメキシコ生活
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今年3月に、

丸5年過ごしたメキシコでの生活を終え、

日本に本帰国しました。


12月の19日に内示が下り、

3月8日の便で帰国するまで、

それはそれは多忙な毎日、

●お別れ会
●習い事や学校など各所に連絡・退会手続き
●家の整理に新しい土地探し・物件探し
●家のものを売る・譲る
●車の売却

などを、子ども達のダブルスクールの通常の生活
を維持しながら進めていくのは、
かなりの労力を要しました。

中でも、日本に持ち家がない我が家は、
新しい夫の勤務地が夫婦の実家近くではなかった為、

まずはどこに住むか、
どの学校がいいか、
勤務地の交通手段との兼ね合いを考えて、
ネットの情報を四六時中拾い、

駐妻の友人にも色々教えて貰いながら、

子ども達の大事な時期を過ごす場所を
必死になって探しました。


加えて、補習校で漢字検定を初めて取り入れる
運営責任者になっていた為、

2月の漢字検定までムスコも私も、

合間に漢字検定の勉強をしながら、

運営準備を進めました。


そんな中当然私の中で検定の勉強は優先順位が低くなってしまい、

家探しや引越し準備の合間に勉強しましたが、


先に言いますね、

2級落ちましたニヤリニヤリ

見た事も聞いた事もない四文字熟語や、
漢字の画数が、
全然頭に入らなかった。。

「それ、やってる場合か?」

と常に自問自答してしまいました(笑)。


それに加えてこの「コロナ禍」ですから、

帰国してもなかなか大変だった訳ですが、

メキシコでお世話になった方々や、

主にメキシコ人のお友達、

主人の会社のメキシコ人の方々、

子どもの学校の友達、近所のお友達との

お別れ会は、

一つの後悔なくやってサヨナラできました。


今思えば、

それが5年間の何よりのご褒美だったと思います。

涙の別れだとしても、

ちゃんと感謝の気持ちを、

面と向かって伝えられたのだから。

1〜2年で様々な事情で帰国せざるを得ない方も沢山見て来ました。

私達は幸運な事に、

当初の想定通り

まるっと5年滞在出来たことで、

やりたい事は全て出来たと思うし、
行きたい場所には全て行くことができた
ように思います。

何より、友達は宝です。

メキシコ人の友達を作らせる為に、

それはそれは沢山のパーティーや
会合に足を運びました。
かなりワタクシにはストレスフルでしたが。。)

結局メキシコの思い出として子ども達に
最後に残してやれるのは、
『現地の友達との思い出』だと、
当初から夫と話していたからです。

「子ども達にメキシコの良い思い出を沢山残したい」

と言うワタクシの当初のからの目標は
達成できた様に思います。

皆さんに心から感謝しています。

お手伝いさんとしてずっと支えてくれたエリちゃん。
キンダーのママ達
ムスコのサッカー部のみんな
スエムスメの親友
子ども3代に渡り、3ペソアイスでワタクシ達を幸せにしてくれたフェルナンド。お別れ時は不覚にも泣いてしまいました。
日本では幼稚園児だが、年齢の関係で小学校に半年通った真ん中ムスメとクラスメイト。
同じコトで、本当に親切にしてもらったファミリー達。
とにかく最後までテキーラを飲まされるの巻。
ムスコのキンダー時代のママ友達。手巻き寿司パーティーもしたなー
隣人であり、子ども達の同性同級生の友達の親であり、
一緒にエステやカフェに行った仲であり、心の友。
このバグの後、二人で号泣。沢山助けてもらいました。


日本人の方々にも沢山お別れの会を開いて貰いましたが、
日本人の方々の写真は掲載を控えました。

でも色々ありがとうございました😊
ムスコの友達がくれたお別れの手紙(その彼が勉強しているフランス語と英語、そしてスペイン語)

メキシコに住む日本人(特に駐在家庭の子供)は、

大概3カ国語を学ぶ事になる。

英語、スペイン語、日本語だ。


ワタクシは渡墨前、メキシコでは我が子達は、「スペイン語と日本語」を学ぶ事になるんだろうなと思っていた。


が、メキシコの私立(公立は親が両方スペイン語を話せないと入れず、かつ経済的にあまり豊かではない人々が順番待ちしていると聞く。よって駐在家庭で公立に通学している子供を持つ家庭はない
は、

「バイリンガルを売りにしている」学校が殆ど。

よって「英語とスペイン語」や「フランス語とスペイン語」など、各私立学校によって、スペイン語と他国語の組み合わせ。


メキシコで5年間過ごした我が子達も、
10歳、6歳、5歳になったが、

外国暮らしを意識していそうな上2人に、本帰国後、引き続きどの言語を学びたいのか聞いたところ、、

小4ムスコぶー、、

「英語を学んでいきたい。なぜならどこの国に行っても通じるから。」

年長真ん中ムスメおねがい、、

「漢字。今まだ13個しか覚えてないから。スペイン語は簡単だから」


なるほどね。
母は意外でした!

幼稚園時代はスペイン語比率の高い私立に入れ、小一から勉強を英語で学ぶ学校(休み時間子供同士はスペイン語)に入ったムスコは特に、コミュニケーションが取れる「スペイン語がいい」と言うかと思いました。

がしかし2人は、

スペイン語は話せるので(彼らの自己評価ですw)、一番好きな言語だけれど、改めて勉強しなくても、と言う感じだそうです。
(いやいや、ほんとは難しいわよーアカデミックなスペイン語の勉強はショックショック


とにかく、

「トリリンガル」と呼ばれるには至らないレベルかも知れないが、

我が子達は「3カ国語ともスキ!!

と言う認識のようで、

ワタクシ的にはとても満足しています。ニコ

だって、

これでも3カ国語の勉強は、

家でも学校でも、

毎日すんごく頑張ってきました。

眠たいながらに遅くまでダブルスクール、
3カ国分の宿題、踏ん張って来ました。



しかしもしメキシコの現地校と日本補習校で、

とても嫌な思い出が強く残ってしまっていれば、

「〇〇語はイヤだ」

と言われても致し方ない。

でもこの「3カ国語ともスキ」と言う気持ち、

その気持ちが残って帰国できると言うのは、

何よりの財産だと思います。

お友達と、いい思い出を作ってこれた証

ではないかな、と母は思うのです。



船便を、2月4日に航空便より先に出してしまう事を決めてから、

通常の忙しい生活を続けながらまず、

①捨てるもの
②必要だけどすぐ使わないもの(船便)
③必要ですぐ使うもの(手荷物)
④必要だけど③であぶれたもの(航空便)

に分ける作業を始めました。

これが断捨離が苦手なワタクシには、

6部屋ある我が家のこの作業は、

とても時間がかかる苦しい作業でした。チーン


例えば子ども達の色鉛筆。

こちらでは学校用に12色入り色鉛筆セットを買っても、

よく使う色が無くなった時、

その色だけを単品で買える所がなかなか見つかりませんでした。

よって新学期にまた同じセットを購入するよう学校から求められても、

また12色入りを買うと言う事になりました。

そんな場所があったのかも知れませんが、
ワタクシは見つけられなかった。。ショボーン

と言う事で、色鉛筆一つとっても、

三人分、
それはまあ沢山増えてしまった訳です。

で、狭い日本の家には、

出来るだけモノを減らして、厳選して
持って行きたい。

がしかし、厳選にも時間がかかるワタクシ。。

そんなワタクシの性格を知ってか知らずか、

1月後半はほぼ毎日、

色んな友達が手伝いに来てくれました。

ある友達は、
「物を捨てるか否かの判断」を、

ある友達は「夕飯のおかずを差し入れ」や
「我が家のキッチンで夕飯を作って置いて行って」くれ、

ある友達は「日本で引き続き使うものを拭き掃除」、

「思い出の子供達の作品を写真に撮って(私に聞いて)捨て」てくれたり、

「作業の合間のお茶に付き合ってくれ」ました。

「まさか、それ、日本に持っていく気じゃないでしょうね?」と、
ある種ハッパをかけて最後の決断をさせてくれたりもしました(笑)ニヤニヤ

どの作業も、それだけには時間が裂けなかったり、自分1人では時間が足りなかったりするものばかり。

みんな忙しい中、

ワタクシやワタクシの家族の為に、

貴重な時間を割いて来てくれました。
「まさかこの捨てたもの(子供達の学校の作品集)の中から、私達が帰った後取り出したりはしないでしょうね!」と、
ズバリ指摘されるの巻ニヤニヤ その後ワタクシの未練を断ち切ろうと、この袋を持って帰ってくれました。


また作業期間中、
インフルエンザなどの感染症の時期と、

恐らく引越しのストレスとが重なり、

子供達は順番に高熱を出して行きました。

なるべく配慮はしていたものの、
目の前で自分達の思い出が無くなっていく様子を見るのは、明らかに辛そうでもありました。ぐすん

そんな子供達を、

手が空かないワタクシの代わりに病院に連れて行ってくれたり、

薬を買って来てくれた友達もいました。


メヒコ生活は、

同じ境遇で暮らすお友達に、

特に精神面で助けられて来ました。

が最後に、

精神面に加え、
体力的にも助けられました。

この感謝は、
きっと生涯忘れません。

そしてまた同じ境遇の方を見かけたら、

自分も同じように手を差し伸べたい、

心からそう思っています。

お友達が「これは不要だろう」と判断して夫の為に分けて置いていてくれたものたち。

そしてこの中に、みんなを爆笑の渦に巻き込んだ
「夫の抜いた親知らずが入ったポーチ」が(笑)