猫まみれな日々 -3ページ目

3日目

地震から3日目。

毎日被災地の情報がテレビで流されています。

同じ日本なのに九州は穏やかです。

暖かい部屋で寝られる事、温かい食事が採れる事、温かいお風呂に入れる事。


全てが当たり前のようで当たり前ではなかったんですね…。

ありがたい事だったんです。

用事があって街に行きました。

何も出来ないけど募金があったらしようと思っていました。

大きなデパートの前にいたのは外国人の方々でした。


ALTと書いた募金箱を持ち赤十字と記してありました。


日本人は托鉢の格好をした人が一人いました。


外国人の方の募金箱にお金を入れました。

正直どちらも???と思ったけど自分が正しいと感じた方に募金しました。


無事に被災地の役に立って欲しいです。

その横をどこかの団体の黒塗りの街宣車が「日本国は自力で立ち直るんだ。」などとわけのわからない事をがなっていました。


たくさんの国や人の手を借りて1日でも早く日常に戻れるようにみんなが必死になっている時に…。

情けなくて仕方ありませんでした。

九州の方は節電の必要は無いとも聞きましたが何かしていないと落ち着かないのでやっぱり節電しています。

今している事のどれか一つでも被災地の為になればいいな…。

生きてください

昨日からのニュース被災地の映像見る度に心が痛みます…。

東京の親戚はみんな無事でした。


地震直後には電話が通じたけど、夜にはもう通じなくなってました。


寒い思いをされている方々空腹に耐えている方々悲しい思いをされている方々、どうかどうか気持ちをしっかり持ってください。


生きてください。


私に何が出来るかわからないけど、祈り続けます。


だから生きてください。

今日は…

2月14日は母の命日です


去年の今頃はもう危篤状態でバレンタインデーの日付が変わる少し前に亡くなりました。


父が母の頬を触りながら「突然倒れて何にも言わずに行くなよ…」と泣いていました。

通夜の時も葬儀の時も喪主挨拶が涙で詰まって言えなくなりました。


先週一周忌法要をした時もお経が上がってすぐに泣いていました。

食事の際の挨拶も涙で詰まってしまって…。

母は愛されてたんだなと感じました。

最後の方は認知症が少しあったので母も気難しくなっていだけど、ブツブツ言いながらも父は母といる事が幸せだったのかな。

一年経っても悲しくて思い出しては泣いてしまうけど母が心配しないでいいように父の事を助けていこうと感じました。

お母さん、大丈夫やけん。

お父さんの事はまかせちょって