バー ゲンセールで売られて処分行だったウサギとデグーマウスが僕の家にいる。ウサギは深刻なうつ病と遺伝性疾患を患っている。獣医さんから2年で死ぬと言われ たが十数回の手術を乗り越え、盲目になりながらも6歳になってもなお元気だ。デグーマウスも右手に障害があったために半額売りだった。不自由ながらも今年 で三歳。元気で生きている。

 

以前も書いたが、三宮の駅前で「捨て犬捨て猫救済募金」をしている専門学校生の女の子はドッグトレーナーに憧れて専門学校に入ったが、殺処分の実態、「闇」を知って募金ヴォランティアに参加したと言っていた。

 

僕 はペットショップの子犬や子猫が入れられたショウケースの前を通るのに苦痛を感じる。それはまるで「奴隷市場」の様に思えるからだ。資本主義の消費や市場 経済の歪んだものを感じるからだ。買われていく犬、その影で生まれたことに意味ももたされず殺される動物たちがいる・・・・。

 

 

最 初、この本を読むかどうか、かなり書店で迷った。表紙を見るだけで胸が締め付けられる思いだった。去年の夏休みに太平洋戦争と動物園、動物と戦争について かなり本を読んだ。人間と戦争の物語より動物の方がキツイ。なんら戦争と関係のない無垢な動物たちが戦争という人間の勝手で殺される事には耐えられないも のがある。日本では年間、10万頭近くの犬たちが殺処分されている。飼えなくなった犬、捨てられた犬、全てはペット産業が元凶となっている。しかし、読ま ねばならない。そう思って読んだがあまりの日本人のペットに対する命の関心のなさ、文明国とはとても呼べない行いに恥じ入る思いだった。

 

こ の本では対照的なドイツのペット政策を紹介されている。ドイツでは犬が飼えなくなった場合、ティアハイムという施設に引き取られる。ここで犬は警察官に よって見聞され、犬が不当な虐待を受けていないかどうか?どうして飼えなくなったのかなどの事情が聴かれ、もしも犬が虐待された痕跡があれば刑事事件とし て扱われる。ティアハイムに入った犬たちは広い自然光の差し込む部屋で暮らし、ドッグトレーナーや獣医が常に常任しているそうだ。ティアハイムには市民が 自由に訪れることが出来て、飼いたい犬があれば飼育条件や環境が整っていることが確認されると譲渡される。ティアハイムの犬たちは引き取られ中くても収容 されてから命を全うするまで期限はない。つまり殺すという発想など最初からないのである。ティアハイムがあるベルリン・リヒテンブルク区の区長は著者の取 材にこう答えている。

 

 

「動物を守ることに対して、国や自治体からの資金援助はほとんど必要ありません。個 人や企業の意識が高いからです。日本では年間10万匹の犬が捨てられ、ほとんどが行政によって殺処分されているそうですが、先進国としては考えられない行 為です。日本人には動物を殺すのは悪いことだという、基本的な啓蒙が必要ですね。」(P125)

 

 

ドイツで は犬やペットの命の権利が保障されている。そのため、生まれて8週間を経ない犬の販売は禁止されていて、ブリーダーやペットショップは8週間、専門の資格 を持った飼育スタッフによって厳しく法の規定に従って飼育しなければならない。犬を所有する以上、「犬税」が義務ずけられている。そのため、自然と大量に ペット犬を量産することは利益が上がらず割に合わない。そのため日本の様な市場経済のための大量生産、売れ残り、殺処分という流れは生まれない。7週齢を 経ていない子犬を親から無理やり引き離す事は犬のストレスによる心的疾患や内科的疾患を起こすパーセンテージが非常に高いと欧米の獣医学者によって指摘さ れている。そのため、ドイツでは8週齢まで親から子犬を引き離すことは法で禁じられているのだそうだ。日本では生まれると可愛い子犬の方が売れるので、す ぐにペットショップへ出荷される。ドイツでは「8週齢法」があるため、必然的に「赤ちゃん」犬がペットショップに並ぶことはあり得ないのだ。ドイツのブ リーダーは自分の専門職に誇りを持って働いているので、犬の命には特別気を使う。犬を飼うものは一日3時間以上の散歩や運動を行う事が義務づけられ、もし も、命を尊重しなかったり虐待した場合は刑事事件として警察に逮捕されるのだそうだ。ドイツでは命を預かる以上、人は必ず責任を持たねばならない。人間と 同じで殺すことは許されない。日本のペット産業は大量生産、大量消費、余れば処分。市場経済の歪んだ姿がそこにある。

 

 

去 年の夏、『かわいそうなぞう』や『そしてトンキーはしんだ』『諏訪山動物園物語』などで知られた上野動物園を始めとする動物園における「空襲に備えての」 猛獣殺処分について色々と本を読んだが、中には猛獣でない「アメリカ・バイソン」も「アメリカ」と名が付いているというだけで殺された。「空襲に備えて」 というのは単なる名目で戦意高揚宣伝のために国家と行政が動物の命を犠牲にしたのだ。東京都知事の命令によって疎開先まで決まっていた動物たちを国民に戦 局の深刻さを実感させるために「死んでもらわないと困る」と強行された。よく言われる軍命令ではなく、この一連の命への冒涜は文官(東京都知事の信念)に よって断行された。上野の後、全国の動物園がそれに習わずにならなくなった。ドイツから取り寄せたベルリン動物園の象を記録した本も読んだが、ホロコース トを行ったナチ政権下のドイツでさえ動物の殺処分は行っていない。戦時下で象に踏み殺された人間はいたが、象を殺すなどという発想はなかったのだ。ソ連映 画『ヨーロッパの解放』でも、ポツダムのティアガルテンに進撃したソ連兵が動物園の動物たちが平和に暮らしているのに驚く場面がある。

 

 

日本人はこの本を読むべきである。

 

自分の欲望やエゴのために、利益追求のために多種の命を疎かにし、苦痛を耐えるなど文明人とは言えない。

 

戦後ドイツがすべて良いとは僕は言わない。しかし、彼らは確実にあの第三帝国の13年間から文明人として動物からも信頼にたる市民に再生した。

 

日本人は戦時下となんら意識がここでも変わってはいない。

 

そのことが悲しく情けないと思うのだ。ペットショップのウインドウに楽しむことなかれ。

 

そこには彼らの命の痛みがある事を決して我々は忘れてはいけない。