ジャケットには「エドガー賞受賞」って書いてあるが、たぶん間違いだと思う。
この作品は日本でもNHKの海外テレビドラマシリーズで日本語吹き替えで放映されたことがある。ウォルター・マッソー主演の単発のテレビドラマ。推理もの、ミステリーだけど実際はもっと深い内容をはらんでいる。
ウォ ルター・マッソーは大好きな俳優の一人。アクが強い個性派俳優なのに、とにかくどんな役でもこなす人。コメディ、シリアス、ハードボイルド・・・ウォル ター・マッソーはあの個性のまま、何だってやってしまう。ジャック・レモンと共演したニール・サイモン原作、ヴィリー・ワイルダー監督の『おかしな二人』 もレモンのキャラクターとのコントラストが実に良かった。『アパートの鍵貸します』とか『あなただけ今晩は』『酒とバラの日々』といった代表作を持ったレ モンに対してマッソーには決定的な代表作が思い浮かばない。その辺がこの方、少々損をしている。
スウェーデンの推理小説シリーズ『刑事マルティン・ベック』をアメリカのサン・フランシスコに舞台を移して翻案された『マシンガンパニック・笑う警官』なんかは僕の中ではマッソーの演技力や個性が十全に発揮された傑作の一つだと思うのだが。
『インシデント・ブレーメンの出来事』はそんな傑作の一つに挙げられる、しかし忘れられがちな作品だと思う。
物 語は第二次世界大戦末期のアメリカの片田舎、「ブレーメン」というドイツの都市と同じ名を持つ小さな町。マッソーはそこで法律事務所を開いているうだつの 上がらない弁護士だ。この街には欧州戦線で捕えられたドイツ軍兵士の捕虜収容所がある。ある日、収容所内で町のアメリカ人医師が殺害される事件が起こる。 犯人として最も反抗的だったドイツ人捕虜の一人が逮捕され、裁判にかけられることになる。マッソーは選定弁護人に選ばれるが乗り気ではない。敵国のドイツ 人の弁護をすると知った周囲からの眼も冷たい。マッソー自身も息子が欧州戦線に駆り出されているので複雑な心境だ。渋々、仕事を始めたマッソーは裁判所か ら「何もしなくていい」と言われる。実は被告のドイツ人は裏で既に有罪が確定いてるのだと彼は知る。第一回目の公判でもマッソーは何もできない。しかし、 被告は無実を叫ぶ。状況証拠も証言も全て揃っているので覆すことも難しい。マッソーは被告に接見するうちに謎がある事に気が付く。そして、このうだつの上 がらない弁護士は本気で事件の真相を暴こうと立ち上がる。もちろん、圧力がかかるが屈さない。そんなマッソーのもとに電報が届く。息子の戦死通告だ。悲し みの中でマッソーはドイツ兵の冤罪を晴らすために闘うのだ。いつしか弁護士と被告人の間に親愛の情が通う様になる。
まだ観ていない方のために結末は書かないが、この映画はアメリカの偽善とその恥部を晒すことで、敵とは何か?という主題に向かっている。敵は内に潜んでいるのかもしれない。
マッソーの弁護士が無能だ決めつけて選定される事が、逆に米軍にとって仇となる辺りのアイロニーがいい。このDVDは何と500円で売られている。機会があればぜひご覧いただきたい。500円以上の価値は十分にある90分間だ。
ともあれ、
アメリカとは不思議な国だ。愛国心を煽る作品や自国の侵略的行為を是認する映画を造る一方で必ず、それに相反する娯楽映画が造られる。
この辺りは日本は全くダメとしか言いようがない。
アメリカ映画を含む文化の政治とのバランスの取り方は、裏があったとしても表面上はある意味での民主主義的現象なのだ。
日本映画にこの様な内なる敵を告発する作品はすでに1980年以降は稀になった。その点では日本映画はTVも含めて進歩どころか退化の一途を辿っているとしか思えない。