ある朝、父の眉毛が消えていた。

新しい抗がん剤治療を開始、2週間の休薬期間を終え、服薬再開日の翌日だった。

その1ヶ月前「新しい薬にしたら髪が抜ける。結婚式まで髪が持たないかもしれない。」と…、家族の誰も髪の量を気にしていなかったが、父1人焦りを訴え……朝の忙しい中に「写真を撮れ」と騒いだっけ。

かくして、眉毛が消え初めて、父の焦りを理解するに至る我々。
ふいに見つめれば、70過ぎのお爺さんにも見えてくる切なさを圧し殺し…。
灰色の眉墨で、お化粧。

それからの日々は父の食欲が落ち…、津波対策で忙しくなりもし…、ああ今日も生きていた、生きていた、と思いつつ家族は父と接しているように映る。

「死を不幸と考えてしまう、不幸」と…誰かが言っていた 死が不幸ではないとしても、生きる今も不幸ではないと思えるように…毎日を、ごく普通に、送る。

今日も野良猫2匹は、相変わらず我が家への侵入を目論むしね!
(;¬_¬)
遠い地で起こった地震を動物は感知できるか。
津波が来ると騒いだ昨日、我が家のメダカと野良猫は元気に暮らしていた。

母は一通りの準備を終えた後、ひとしきり寝ていた。

後になり、これが動物。と納得する。今日から又、新しい仕事わんさかの母。
その母が、「甘い匂いがした」と、夜10時過ぎに言ったのが忘れられない。
津波の後は、甘い匂い????
チリの方々、募金しますm(__)m合掌。
う~ん、まぁ良かった、良かったというのが「最大3メートルの津波」と言われていた当地区住民ほとんどの感想。

サイレンの音に「空襲の時はこんな感じだったのかね。嫌だね。」なんて家族と話し…。
朝は海岸脇にある会社から重要書類と社用車移動にバタバタ
ε=┏(; ̄▽ ̄)┛
高台高台
 ┗( ̄▽ ̄;)┓==
高台高台
ε=┏(; ̄▽ ̄)┛



ふはっ!!!
ι(◎д◎)ノヾ

私はココの会社員じゃねっ(^-^;) だけんと見てらんないのさ。
昼すぎから、ずっと警報が鳴りっぱなし、市内の観測計が壊れたと思う位、潮が引いたり。…焦りました。
夜9時位まで、サイレンはウ~ウ~いってまして。友達も何人となく避難したまま(@_@;)ヒ~!

結局、対策本部は夜10時で解散。以後は一部の避難者へ対応にあたるのみ。
その帰り道、市内を車から見た所、今日の新聞一面あたりは…まだ海水が…………。
「ゆっくり走れ~っ!!錆びる~!」と父。「錆びたらレンタルでレクサスでも乗るがいいや!!」という昨日、おしまい。