お散歩しながらんらんるー♪ -33ページ目

お散歩しながらんらんるー♪

街中でみつけた素敵っぽいものをなんとなく描いてゆければいいなぁと思います(・∀・)

あたしは元気が足りなくなると必ずhide with Spread Beaverの「ROCKET DIVE」を聴きます。

待ち続けて、何も降ってこないなら、自分から飛べばいいじゃん。
じゃぁ、行ってみようよ。
ほら。


そう言われているようで、そう言ってくれているようで、いつも泣きそうになる。
明るくてアップテンポの曲、その時あたしが欲しい言葉が全部入ってる。
どんな気持ちの時に聴いても、必ず元気をくれる。

毎日は黙ってたって、嫌んなったて、絶対「明日」になる。
その「明日」は絶対「今日」となって目の前に現れる。
それなら、自分から「明日」を「今日」しちゃえばいいよね!

悩んで立ち止まる時間に飽きたら、動き出しちゃおうぜ!

とりあえず、ロケット整備しとこヾ(@^▽^@)ノ

ペタしてね
そんな甘いものがあるなんて思った事は無いけど、それを望む事のなにがいけないんだろう。
大好きな人を、全力で護っていける世界を思い描く事のなにがいけないんだろう。
たしかに、今のあたしの力ではこんなのただの幻想だし、上手く行く保証なんて無い。
でも、上手く行かないなんて誰にもわからない。

だって、いくら大事にしてても、その人たちには『命』という制限がついてる。
もちろんあたしにも。
なら、その『命』の分、一緒にいたいと思うのは、甘いの?
いけないことなの?

責任をとる能力の無さ、そうだよね。
あたしにはまだそこまでの力はないのかもしれない。

だから、ずっと探してる。
大事な人たちの護り方。

泣きそうだなぁ・・・。。



ペタしてね

あたしたちはどう頑張ったって、この地球の一部でしかない。
必ず死ぬし、大切な人との永遠をかなえる事はできない。
だからこそ、自由なんだ。
あたしたちには必ず『死』という『終わり』が待ってる。
それを肯定するために宗教は生まれた。
ひとは『死』を『神』のもとへ還る、もしくは奉仕にゆくと考えた。
でも、それは少し違うと思う。
『死』は『無』になること。
だって死んだらいなくなるもの。
タンパク質とカルシウムと少しの素材を残して。

愛したひとの記憶には残るかもしれないけど、死んだ本人は二度とこの世には現れない。
たとえ100年後に地球が滅んだとしても、死んだひとにはわからない、感じない、そもそも『無』。

でも、日本の『仏が神になる』文化は大好き。
命果てた愛しいひとが、自分の神となり、生きている限り永遠に護ってくれる。
八百万の神が許される国だからこその優しい考え方。
『死』を英雄視することもなく、かといって悲観的にもなりすぎない。

日本に生まれた事を誇れる文化だなぁo(〃^▽^〃)o

ペタしてね