早いもので今年2021年が終わろうとしています。昨年に続き新型コロナウィルス問題に翻弄

され、いまもなお変異株のデルタ株やオミクロン株の感染が広まったりするなど不確実性が高い状況となっています。とはいえど世界各地でワクチン接種が行われ、経済活動の再開を目指す動きが出てきてもいます。それに伴ってか原油や木材などの資源価格や食糧品などの価格が高騰し、アメリカやヨーロッパ圏では民衆の許容レベルを超える高いインフレが目立っています。日本においては欧米ほどの高いインフレになってはいませんが、それでも資源高や円安による物価上昇を懸念する人たちが多くなってきました。筆者は長くに渡って日本のデフレ不況克服を望み、そのための金融緩和や積極財政政策を主張して参りました。日本で2013年にようやく採用されたインフレターゲット(物価目標)の導入についても賛成し、2%の物価目標達成を期待してきた立場です。

 

しかしながら仮に今後日本が2%の物価上昇が起きたとしても、雇用や企業投資の改善を伴わない資源価格や食糧品等の価格高騰によるものだけであるならば喜ぶべきことではありません。それは単に生活者の家計を圧迫させるだけです。これから詳しく説明するように筆者たちが

望んできたのは民間企業の事業拡大と投資意欲向上によって労働者の雇用や賃金が上昇し、所得分配がおおいに進んで、最終的に人々の消費意欲が活発化することによって起きるインフレです。

 

今回の主題はすでに簡単に申し上げましたが、中央銀行による金融政策がどのようなかたちで物価に影響を与えるのかを再確認することです。それを理解しないまま、単純に「物価が上がったのだから金融引き締めをしなければならない」というのは、まずい結果を招きかねません。筆者は物価が期待しているほど下がらないのに、企業投資や雇用の再悪化が進み、景気失速するという状況が起きる可能性を想像しています。村上尚己さんも筆者と似た流れになることを懸念させているようです。

 

 

アメリカの中央銀行FRBのパウエル総裁は物価抑制を望むバイデン政権からの要請もあって金利引き上げの前倒しをする可能性について発言をしはじめました。コロナ禍の真っただ中ではかなり大胆な金融緩和を実施したパウエル議長ですが、ハト派からタカ派路線に転じかけています。

バイデン政権はコロナ禍における失業者の救済や経済活動の維持、さらなる景気回復を目指すために10年間に1兆8000億ドルもの規模に及ぶ巨額の財政出動を行う公約を打ち出しました。それが奏功してというか効きすぎて消費や住宅投資などの需要が勢いよく伸びて、供給側が追い付かないほどの状況になります。供給側の回復が遅れた原因はコロナ禍で失職した労働者の復職があまり進まなかったり、感染再拡大に伴う半導体や原材料の供給寸断などです。つまりは財政政策側が結果として膨張しすぎたことによるインフレであります。

 

となってくると本来でいえば財政政策を引き締める方がいいはずなのですが、いまだにオミクロン株の蔓延が続くなど不確実性が高い中では簡単にそれを縮小させにくい政治的事情があります。そのためFRBが金融政策で代わりに対処するかたちになります。これが吉と出るのか凶と出るのかはわかりません。筆者は先に述べた悪いシナリオと良いシナリオの二つを浮かべています。

良い方のシナリオはFRBによる金融引き締めが景気や雇用に悪影響を及ぼさず、巧く物価抑制ができるというものです。詳しく述べますと大規模な量的金融緩和を行いますと、中央銀行が用意したマネタリーベースの一部が銀行による民間企業や個人への融資だけではなく、株式市場や不動産市場、あるいは原油市場や食糧品市場などにも流入することがあります。2007年頃にアメリカのサブプライム住宅モーゲージの焦げ付きから世界金融危機が発生しましたが、このときもひどい原油高や穀物高などを招いています。当時のバーナンキFRB議長は大規模な量的金融緩和政策を行いました。

パウエル現議長が金融引き締めを行い、米国の金利が上昇していくことになりますと、原油市場など資源市場に流れていたマネーが高い金利のつく安全な投資先に移っていきます。それによって資源価格が落ち着くというシナリオです。しかしこれで資源価格高騰を原因するインフレが鎮静化しても、企業投資や雇用が縮小してしまうリスクがあります。諸刃の刃です。

筆者が考える最も厄介なシナリオはFRBが金融引き締めをしても資源価格や半導体などの価格上昇が収まらず、物価がさほど下がらないのに、企業投資や雇用が減速してしまうというものです。もしこうなったら「スタグフレーションガー」と騒ぎだす人がかなり出るでしょう。日本においても最近円安進行やインフレのリスクがあるから日銀も異次元金融緩和を解除していくべきだという声が出かけていますが、それを実行した場合雇用や賃金が伸びないのに物価だけが上がっていくという事態を招きかねません。日本においては日本の雇用や企業の活動状況をみながら金融政策の判断をすべきです

 

中央銀行の金融政策の使命は通貨価値や物価の安定が筆頭として思い浮かぶでしょうが、それだけではありません。民間のモノやサービスの生産活動意欲や雇用の促進や抑制も担います

それと金融政策と財政政策を混同してはなりません。多くの人が誤解しているように金融緩和政策とは単純に刷ったお金を市中にばら撒くことではないのです。金利の引き下げという働きかけでお金が積極的に活用され、それがモノやサービスの生産や消費につながっていくことを重視します。同じ景気対策でも金利引き下げの金融緩和政策と財政支出の拡大をする積極的財政政策は目指すところが同じでも、異なった政策であることを念頭に入れておくべきです。両者は政策の波及経路が異なります。となってくると逆に金融引き締めや財政引き締めのときの波及経路も違って当然です。この違いを認識して適正に金融政策と財政政策、そして長期の成長戦略というべき規制改革を使い分けする政策の割り当てが重要になってきます。

 

先に述べたように金融緩和政策が物価にまで政策効果を及ぼす波及経路は次のとおりです。

  1. 中央銀行が政策金利を引き下げる
  2. 銀行などの民間事業者・個人への融資態度を軟化させたり、モノやサービスの生産活動に向けた投資意欲を伸ばす。
  3. 民間企業の事業活発化で雇用が拡大し、労働者の賃金が上昇することで所得分配が進む。
  4. 所得が伸びた労働者=消費者の購買欲が向上し、消費が回復する。
  5. 物価上昇

という流れです。これを目指すのがインフレ目標です。

 

一方積極的財政政策の場合は政府からお金を財政支出もしくは減税という手段を用いて市中に供給されるお金の量を潤沢にします。政府からお金を受け取った個人や事業者が消費などで積極的にお金を遣うことで経済活動が活発化するという方法です。日本人が抱く景気対策のイメージはこれでしょう。田中角栄・経世会全盛期で土建国家といわれた自民党の景気対策やMMT(現代貨幣理論)信奉者たちもお上からお金をばら撒くことで景気がよくなるという発想です。

ついでにミクロの経済政策といわれていますが、成長戦略や規制改革についても触れておきますと、こちらは民間事業者の自由な経営活動の障害となっている法規制の見直しを計ったり、次世代技術振興を行うなどして、将来の民間生産活動の活性化や発展を促すものです。これは年単位の時間を要するものであり、金融政策や財政政策のように即応性が欠ける嫌いがあります。規制改革や成長戦略による生産供給力の増強はスタグフレーションやインフレを予防することに貢献しますが、これは数年単位の時間を要する政策であり、急激なインフレには対処できません。

 

話をアメリカやヨーロッパなどで起きているインフレについて戻しましょう。その原因として考えられることを列挙しますと、

  • コロナ禍による所得喪失者を救済するための給付金や失業手当をかなり手厚くしたり、大型の公共事業を実施するなどの財政出動が奏功して需要が予想よりかなり急回復した。
  • 一方コロナ感染再拡大などによって生産活動が抑制され、供給側の回復が不十分である。人手が生産現場に戻ってきていない。
  • コロナ感染収束後の生産・消費活動再開を見込んだ投資家たちが原油や木材などの資源を先物買いしたり、感染拡大によって生産が滞っている半導体などの価格が高騰している。

といったところでしょう。これらによる物価上昇を抑えるとなると、

  1. 財政政策の引き締め
  2. 医療支援によるコロナ感染拡大抑制で生産供給活動の早期再開と正常化を目指す
  3. 失業・離職者の復職支援
  4. 各国政府による原油など資源取引市場への介入操作

などが挙げられます。筆者が最も重点的に行うべきだと考えるのは2と3で生産供給力の回復です。1の財政引き締めも本来はすべきでしょう。

筆者が金融政策の引き締めで物価抑制を狙うのは的外れではないかと考えるのは、利上げが消費意欲の急膨張を抑制するとは考えにくいことと、民間の生産活動や雇用を損なうだけの結果になるリスクがあると予想しているからです。金融引き締めを行うときはバブル経済のように民間企業が乱暴な投資や事業拡大を計って、景気が異常加熱してしまっているような状態の場合です。

 

日銀の黒田東彦総裁は今年12月17日に行われた日銀政策決定会合後の記者会見で、国内企業物価が約40年ぶりの伸び率となるなど原材料価格は上昇を続けているが、日本の物価が「2%に及ぶとか、超えることはまずない。欧米のように金融政策が正常化に向けて動き出すことにはならない」との見解を表明しておられます。さらに欧米と「経済や物価の差異で金融政策の方向性が違うのは当然」と話し、海外中銀の決定が「直ちに日銀の政策に影響及ぼすことはない」と強調されました。筆者のこの見解を支持します。黒田総裁は物価だけの動きではなく、雇用やモノ・サービスの活発な生産と消費活動が回復しているかどうかまでみて金融政策の判断をされています

日本のマスコミやネット界では通貨価値や物価だけではなく企業の事業意欲や雇用も統治する金融政策の役割をきちんと理解せず、欧米が金融引き締めをはじめたから日本も合わせなければならないなどといった薄っぺらい発言をしている人が多いです。経済の根幹を支えるのは民間産業の事業意欲と雇用だという基本認識ができていません。

 

次回はインフレにどう向き合うのかという話をしたいです。

 

 

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