この記事も補講「将来の予想と合理的期待仮説」編ですが、今回は時評的な内容になります。

2018年末に景気がピークアウトし、鈍いままだった消費だけではなく雇用回復の動きまで頭打ちになっていました。それから2019年に消費税率を10%に増税し、今月2月17日に内閣府が発表したGDP速報によれば2019年10~12月期の実質GDP伸び率(物価変動分を差し引いたもの)が前期比マイナス1・6%、年率換算は6・3%減と落ち込み、ネット上でも”内需総崩れ”という見出しが流れます。

 

新・暮らしの経済手帖 ~時評編~より

”内需総崩れ”状態の経済に対するダメージコントロールができない政界

 

予想どおり民間消費の落ち込みが大きく6・3%減(前年度比11%減)だったのですが、今回の場合は民間設備投資2・4%減(14・1%減)、住宅投資0・3%減(10・4%減)と投資の落ち込みが目立っています。リフレーション政策やアベノミクスの肝は民間の投資意欲の向上であり、異次元金融緩和は7年近くに及び雇用や経済回復を支え続けてきたのですが、投資や雇用がやられてしまった場合は政策の失効を疑わざるえません。

 

困ったことに中国の武漢から新型肺炎コロナウィルスの感染が広まり、工業製品などの生産活動や観光などの消費といった経済活動にまで大きな支障を与えています。コロナショックは東日本大震災などのような巨大災害発生に匹敵する経済的打撃を中国だけではなく、日本や韓国などに与える可能性が大きいでしょう。上のデータはコロナショック前のものであり、それでもひどい数値だったのですが、今後もっと悪い結果が出てきてもおかしくありません。

 

ということで今年前半にも不況再来の色がかなり濃厚になってくる危険性が高まっていますが、もし仮に雇用悪化や企業の倒産・廃業増などが目立ってきた場合、当然のことながら数兆円規模の補正予算を組んで財政出動を行わなければならないということになるでしょう。当然私もそれが必要だと考えます。

 

しかしながら財政政策だけで景気後退を抑え込むことは、安倍政権をはじめとする政治家やわれわれ一般国民が考えているほど容易くはありません。過去を振り返ってみますと大型財政出動が空回りしてしまったような事例が二つあります。ひとつ目は緊縮財政路線で失敗した橋本龍太郎政権の後の小渕恵三政権で、ふたつ目はリーマンショックでどん底の不況に見舞われた麻生太郎政権のときの緊急経済対策です。

 

まず前者の小渕政権ですが、自称ケインジアンの宮澤喜一氏を財務大臣として迎え、前の橋本龍太郎政権とは真逆の積極的財政政策路線を打ち出します。橋本政権のときに成立させた財政構造改革法を停止させ、当時バブル崩壊後の不良債権で危機的状況にあった金融機関への公的資金投入や所得税・法人税の減税、児童手当の拡充、中小企業向けの貸し渋り対策としての特別信用保証制度の創設・拡大、整備新幹線の建設促進、そして連立政権を組むこととなった公明党の要望であった地域振興券などなど大掛かりな財政出動を行います。小渕政権が発行を決めた国債は約84兆円で、国と地方を合わせた長期債務残高は12年度末に645兆円となり、小渕総理自身が「オレは世界一の借金王」と自嘲しました。

 

このあと金融不安が収束し、小渕総理が畑で収穫された蕪(かぶ)を持ち上げて「株上がれ」といったパフォーマンスどおりに株価も再上昇したのですが、宮澤喜一氏が後年立花隆氏の前で「ヘドロにコンクリートパイルを打ち込んでいたようなもの」と後年回想したように大掛かりな財政出動に見合うほどの効果があったとは言えませんでした。橋本政権が消費税を5%に増税したり、社会保障費などの歳出削減を行った1997年以降から名目・実質ともに賃金が下落、物価もどんどん下がってデフレスパイラル状態となります。これは小渕政権時代も続きました。金利を0%にまで下げても金融緩和政策が効かないという流動性の罠に陥ったのですが、財政出動で政府がお金をたくさんばら撒いても、ブラックホールのようにそれが死蔵されてしまうという前代未聞の悪質なものでした。以後税収が頭打ちになっているにも関わらず歳出が増大し、国家財政悪化が進みます。「20XX年国家財政破綻」などという表題をつけたノストラダムス本が毎年刊行されるようになったのもこの時期からです。

 

それから小泉純一郎政権や当時の中原伸之日銀審議委員とジョン・テイラー教授が提案した量的金融緩和政策が行われた間氷期を経て、再び2008年に日本経済はリーマンショックというセカンドインクトを食らいます。このとき多くの非正規雇用者たちが「派遣切り」に遭い失職しました。そのため当時の麻生太郎政権はまた次々と財政出動を行います。まず平成20年度第1次補正予算で総額11.5兆円、第2次補正予算で総額27兆円、平成21年度予算で総額37兆円、平成21年度補正予算で総額15.7兆円と四回に渡って合計90兆円以上もの大型財政出動です。その財政出動の中身ですが、これもまた定額給付金、エコカー減税、高速道路通行料の大幅値下げ、出産一時金の増額、雇用調整助成金、緊急雇用対策事業などと多岐に渡りましたが、「バラマキ」といわれ評判がよくなく、十分な景気回復効果が出ないまま、麻生政権は民主党に政権を奪われてしまうことになります。

 

こういう経緯があって自分は財政政策(だけ)による景気浮揚策に懐疑的になりました。と同時に私は当時から「一回限りひとり1万数千円ぽっちの定額給付金を貰ったところで皆がお金を遣うようになるの?」とか「地域振興券みたいに申請するのが面倒なものを誰が使うの?」とか、「田中角栄式の土建中心公共事業をまだ続けるつもり?」などといった疑問を持っていたものです。結果的に大量の財政赤字をドブに捨てるような形になってしまいました。自分が金融政策に関心を持つようになったのも財政政策に限界を感じていたからです。

 

小渕政権や麻生政権の財政出動がなぜ空回りをしたのかについてですが、金融緩和政策の軽視(とくに麻生政権の方)だけではなく、予想や期待を変えるという考え方が理解されていなかったからだと自分は考えます。両者が行った景気浮揚対策の多くは予算規模は大きいものの一回限りとか、1~2年だけのものだったりします。それに派遣切りに遭った失業者や低所得者層の人たちにとって、ありがたいと思えるような政策があまりなかったように記憶しています。緊急雇用対策事業と称し、半年間だけ町内パトロールをする仕事とかを麻生政権時代にたくさんつくったのですが、その雇用期間が過ぎた後は再び無収入の失業者に戻るわけです。やっていることがMMT(現代貨幣理論)支持者が提唱する雇用保障制度(JGP)みたいです。

 

僅かな期間だけ政府が財政を奮発しても、雇用や収入の不安定化に怯える人たちの不安が解消できると私は思いません。政治家や官僚たちは企業や国民は「江戸っ子は宵の越のカネを持たぬ」という感覚で、ばら撒かれたお金をパア~ッと遣いきってくれると思っているのでしょうか?人々が積極的にお金を遣うようになるには将来に渡って自分は収入が得られ続ける・伸び続けるという予想や期待、安心感が必要です。

 

財政政策といえば~兆円かなどといった予算額の大きさばかりに関心を持たれがちですが、自分は長くそれを続けることの方が大事ではないかと常々考えていました。十年近く前から経済学に興味を持つようになり、ポール・クルーグマン教授が予想や期待に働きかけることで日本が流動性の罠から脱することができるようになるという進言を行っていたり、ミルトン・フリードマンの恒常所得仮説やトーマス・サージェント教授の合理的期待仮説が唱えられていることを知って「やはりそういうことを考えている経済学者がいたのか」と相槌を打ったものです。

 

バブル崩壊とその後の雇用(所得)不安定化で、多くの国民たちは不安を抱え、高額な買い物を控えるようになってしまいました。雇用(所得)不安定化に備えるには貯蓄という方法を採らねばなりません。これが合成の誤謬で流動性の罠発生につながってしまうのです。

 

今後行うべき経済対策はまず「今後しばらく増税や歳出削減を行わない」というコミットメントを政府や財務省が行うべきでしょう。これだけでも大きいです。そして高橋洋一さんが進言しているように消費税の軽減税率を全品目に拡大します。つまりは実質消費税減税を行うということです。そして私が要望するのは給付付き税控除、さらにはベーシックインカム導入検討です。麻生政権の定額給付金のように一回限りのものではなく、恒久的な給付制度がほしいのです。

 

予想や期待という話をしますと、多くの人は異次元金融緩和政策やリフレーション政策のことだと狭くとられがちですが、減税や給付といった財政政策も同じです。予想や期待に働きかけないバラマキ財政政策は死に金となって財政赤字を膨張させるだけに終わる危険が高いです。所得不安を持つ消費者の身を考えた内容の継続的な財政政策が求められます。

 

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