皆様、既に三が日が過ぎましたが、新年あけましておめでとうございます。
「新・暮らしの経済手帖 時評編」と並行させるかたちで、本年初の特集記事「将来の予想と期待」について書いていきます。経済学の世界においては合理的期待仮説と言われているものです。これについていろいろな誤解や曲解がまかり通っているので、正しておきたいことと、今後の日本経済を長期沈滞から救い上げる上で、非常に重要なものであると私は考えるので特集を組みます。後で説明しますが、「将来の予想・期待」「合理的期待仮説」の考え方はいわゆるリフレ派経済学者の専売特許ではありません。
もちろん「将来の予想と期待」という言葉はリフレ派といわれる経済学者らが多用しているのは事実であり、第2次安倍政権発足後、黒田東彦日銀体制が行ってきた異次元金融緩和政策においてもインフレ目標やコミットメントを示すかたちで進められております。
「アベノミクスとリフレーション政策」編でも散々現代の経済政策は人々が持つ将来の予想を変えることが大事なのだという話をしています。
ゲーム理論とコミットメント(誓約)の意味
インフレターゲットのほんとうの意味と目的 ~リフレはコミットメント~
俗にいうリフレ派といわれる経済学者の多くは「将来の予想」という言葉を遣います。
第2次安倍政権が発足した直後の2013年に黒田東彦氏が日銀総裁に、岩田規久男教授が副総裁に就任されましたが、このとき「物価目標(インフレターゲット)2%実現のために大胆な金融緩和政策を行う」と誓約しました。
このコミットメントの意味は中央銀行の総裁が強い意志で景気回復に全力を尽くし、2%の物価上昇を実現するまで徹底した金融緩和政策を続けるという意思を、企業の経営者や金融機関の関係者そして国民全体に伝えることで、企業や個人がお金を積極的に遣ってもらえるよう仕向けることです。
なぜ「(将来の)物価を2%にまで上げる」という誓約が必要なのかといえば、名目金利から予想される物価上昇率を差し引いた実質金利を下げて、企業が設備投資や研究開発、そして雇用といった事業拡大のための投資をしやすくするためです。企業は金利以上の収益率が確保できる事業でないと資金を投じることができません。金利以下の収益率の事業を抱え込むと負債ばかりが膨張します。金利が高すぎると設備投資や研究開発、雇用の拡大が進められません。
ところが(名目)金利がゼロをさまようなことになったら、これ以上それを下げる余地がなくなります。しかしながら「将来物価が上がる」という予想ができると実質金利を下げることができるようになるわけです。
リフレーション政策の復習はここまでにしておきますが、上で述べたように「人々の将来の予想がいまの経済行動を変える」という合理的期待仮説の考え方はリフレ派の専売特許ではありません。他の経済事象の研究や経済政策にも活用されているもので、現代の経済学は合理的期待仮説を無視して語れません。合理的期待仮説について研究し、ノーベル経済学賞を受賞したのがトーマス・サージェント教授です。
サージェント教授が若き頃に行った研究はハイパーインフレの発生とその収束の過程についてで、これについてやはり人々の予想や期待が介在するという論文「四大インフレーションの終焉」を書き上げています。
参考 矢野浩一 リフレ政策とは何か? ―― 合理的期待革命と政策レジームの変化
サージェント教授は多くの人が考えるようにハイパーインフレは政府・中央銀行が財政をまかなうために貨幣や国債を過剰に発行し過ぎてしまった結果であるとしていますが、その終焉は政府・中央銀行が戦略やルールを「政府・中央銀行が、財政赤字を垂れ流し、それを貨幣発行でまかなう」から「財政赤字の垂れ流しを止め、財政赤字を貨幣発行でまかなうことをやめる」へと転換し、人々にそれが伝わって予想や期待が変わることでハイパーインフレが収まったということです。
これだけですと「当たり前じゃない」と思われるかも知れませんが、サージェント教授は「ハイパーインフレが終了した後も、(実は)急速な貨幣成長が続いていた」ことを指摘しているのです。つまりは現実のお金や負債の量が減るどころか、殖えていってもハイパーインフレが終焉していたのです。
このように長期デフレ不況が続いた1990年代以降の日本とは真逆の現象であるハイパーインフレの考察やその収束をはかる経済政策を方法を探るために合理的期待仮説が活用できるのです。
「人々の将来の予想を変えることで、いまの経済行動を変える」などというと、まるで精神主義や気合治療のように思われる人がいるでしょう。
しかしながら経済活動に限らず、わたしたちが普段仕事や家事、趣味などの娯楽においても、無意識のうちにこれから起きることを予想し、どう行動するか対処するかを判断していたりします。企業の場合ですと、顧客がどれぐらい自分の社の商品やサービスを購入してくれるだろうかという予想を立て、それに基づき設備や人材の獲得、原材料の手配を行って、その費用を支払うという投資をします。一方消費者も「あそこの商品の方が質がよさそうだ」「安く買えそうだ」「今購入した方がトクか」「待った方がいいだろう」といった感じで買い物をします。
昨年10月に消費税の税率が10%に引き上げられましたが、これについても政府が「消費税を10%にする」という宣言を行うことで、消費者や商品の生産者・販売者の行動が変わります。その例が「駆け込み需要」という現象です。
「10月から税があがって商品の購入費が上がる」という予想を人々は抱き、商品が高くなる前にどんどん買いだめしておこうという行動を消費者はとります。一方商品の生産者や販売者は消費税が上がると商品が売れなくなってしまうかも知れないと予想し、商品の販売戦略を変えてきます。
政府や中央銀行の政策態度やそれを変える発言を行うと、企業や一般消費者らはそれに順応した行動をしはじめます。これを経済活動をより活発にさせるように導かせることが合理的期待仮説の応用です。ゲーム理論(駆け引き理論)や行動経済学といったものはその研究になります。
残念ながら、過去何十年間にわたって日本がとってきた経済政策において、人々の予想や期待という観点が省みられることはあまりありませんでした。例えば田中角栄全盛期に進められてきた土建公共事業偏重型の財政政策なんかがそうです。単純に「景気が悪くなったら公共事業でカネをバラ撒いてやれば、みんなカネをどんどん遣うようになるんダー」という発想の政策でした。「みんなカネが入ってこれば、その日のうちにパッっと有り金全部を遣いきってしまう」というような人間像しか描かれていなかったように思えました。
しかしながら私たちは常に「自分たちの老後はどうなってしまうのか」とか「病気やケガをしたときに困らないようにお金を貯めておかなきゃ」などと考えながら生きているわけです。多くの人たちは「江戸っ子は宵の越の金を持たぬ」という調子でいるわけではありません。
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