僕は、世に言う「同性愛者」だ。
僕が恋した人は、謎多き人だった。
仕事は何してるの?
何処に住んでたの?
何も教えてくれない。
ただ、一緒に居ると安心できて、とても心地いい。
だから、何よりも大切な彼と共に生きていく事を誓ったんだ。

「ごめん、今日から1ヶ月間 会えない。」
それは、突然の出来事だった。
急に告げられた、悲しい知らせ。
「い...1ヶ月間も?! なん で...?」
僕は戸惑いを隠し切れず、少し震えた声になる。
絶望と不安。
頭の中、真っ白だ。
「仕事関係で。ごめん。」
僕の知らない事。
仕事って...何?
何で教えてくれないの?
僕じゃ駄目だった?
胸が痛む。
「そっ...か、仕事なら仕方 無いよ。うん、じゃあね」切りたくないのに、電話
を切る。
そうしないと、体が動かなくなりそうだった。
僕はきっと、そこまで愛されていないだろう。
いつも、ただ一緒に居るだけで、そこからは何も変わらない。
もう、こんな関係やめてしまおうと思った事は何度もある。
でも、その度に僕の目を真っ直ぐに見つめてくる。
まるで、心が見透かされている様に。
彼はずるい人だ。
これ以上、僕の気持ちを傷付けないでよ。

「はい、ターゲットは敷地 内に捕獲してあります。 ええ、彼の気持ち次第で
す。ですが、滅多な事が 無い限り逃げ出しません ので...はい。安心して頂
いて結構です。では...」仕事関係....ね。
俺の仕事、教えてやるわけないじゃん。
だってあいつは......

「1ヶ月...経ったぁ!」
あの日から、ついに1ヶ月が経った。
彼が帰って来る。
自然に高鳴る胸が、僕に真実を理解させる。
「彼が大好きだ」って。
そんな事はわかってる。
ただ、彼がそれを理解してくれないだけだ。
―ガチャ...ッ
「和、ただいま」
透き通った、揺らぎの無い声が響く。
その声に敏感に反応する。心臓が大きく跳ねて、振動が体中に響き渡る。
顔が熱くなっているのがわかる。
急ぎ足で廊下に向かった。「あ...智..っ」
視界がぐるぐる回る。
優しく微笑む彼を見て、理性が吹っ飛んだ。
涙が溢れてきそうな感情を抑えて、彼を強く抱き締める。
彼の匂い、体温、音...肌で直に感じ取る事のできる時間。
今にも涙が溢れそうで、唇を強く噛んだ。
「和の抱き方、変だよ? まるで、そこにある事を 確かめてるみたい...」
だって、確かめてるんだもん。
言おうとして、やめた。
今は彼だけを感じていたいんだ。
言葉で返す代わりに、目を見つめ続ける。
僕の想いが伝わる様に。
「和? こういう事は中でや ろうよ、ね?」
彼の説教染みた言葉に、やっと目が覚める。
背中に回した腕が、一気に緩んだ。
「あっ ごめん...」
今更恥ずかしくなり、赤く染まった顔で下を向く。
彼の綺麗な指が、僕の頭を軽く撫でた。
愛しさで、涙が滲む。
リビングへ向かう彼の背中を、必死になって追いかけた。

「俺の仕事、スパイなんだ」リビングのダイニングテーブルに座って、温かいコ
ーヒーを口に運んだ。
衝撃の事実を聞かされて、どんな行動をとればいいかわからない。
スパイって...どんな?
聞こうとした途端に、彼が口を開いた。
「毎回、決められたターゲ ットを会社の敷地内に捕 獲しておく事が、スパイ
の役目だ」
ターゲットって...どういう意味?
脅えた目で彼を見る。
彼は鼻で笑っていた。
「ターゲットはね...最終的 に殺されるんだ」
表情ひとつ変えずに話す彼を見て、恐怖が増す。
僕を殺しに来たの?
良くない想像が頭の中を巡る。
冷や汗で額は濡れていた。少し間が空いて、彼がまた口を開く。
「今回のターゲット...和な んだよ」
気持ち悪い空気で満たされた。
焼ける様に熱いものが、胸の奥から込み上げる。
何もかもが、鈍い音を立てて崩れていった。
先程まで笑顔だった彼の顔は、固い表情に変わる。
「今まで黙っててごめん」
張り詰めた時間。
勢い良く立ち上がり、震える足で自分の部屋に転がり込んだ。
僕はその日、私物を大量に詰め込んだ大きなバッグを持ち、窓から静かに逃げ出
した。

翌週から、僕はカフェでバイトを始めた。
以前住んでいた場所から、かなり離れた所にある。
何故、僕がターゲットなのかは未だにわからない。
何の為に僕をターゲットにしたのか、教えてほしいくらいだ。
―カランカラーン♪
「いらっしゃいませっ」
一瞬、幻覚を見ているのかと思った。
僕の目の前に現れた客は、黒いスーツ姿だった。
僕の抱き締めた、あの黒いスーツ。
複雑に絡まる思いが、あの日の記憶を呼び戻した。
「和に言いたい事があって 来たんだ」
また、ああやって笑う。
まるで再現されているかの様な、あの日と同じ笑顔。恐怖感が体中を支配し、手
足が震え出した。
言いたい事って何?
僕を殺しに来たの?
また、冷や汗。
「言いたい事って...何なん だよっ 帰れよっ」
嫌だった。
最愛の人に命を奪われるなんて。
今までの彼は偽りだったなんて。
そんなの、信じたくない。「和...楽しい思い出をくれ て、ありがとう」
彼はそれだけ言って、本当に帰った。
僕と過ごした時間を、楽しいと感じてくれてたの?
緊張の糸が一気に切れて、その場に座り込む。
今まで必死に抑えてきた涙が、溢れ出た。
全身が痺れる様に痛い。
頭痛もする。
まるで、壊れた人形みたいだ。

あれから1ヶ月が経った。連絡はこないし、したりもしない。
気付いたら、彼の存在を忘れかけていた。
僕にとっては、記憶から抹消したい、残酷すぎる思い出。
初めて心から愛した人は、僕を愛していなかった。
いずれ殺される命なら、自殺した方がましだろう。
何度も自分を追い詰めた。もう二度と、彼には会いたくない。
そう思った直後だった。
僕のケータイに光る、「智」の文字。
何で今更、電話なんかしてくるの?
おそるおそる、ケータイを手に取る。
「はい...和です」
ケータイの向こうから聞こえてくる、荒い息使い。
いつもとは違う様子に、不安が募る。
「ご..めん、和...っ 俺、 ね...っ ただ、守り、た かった...だけ、なんだ」
苦しそうな声。
よくわからない、変な感情に押されて、窓から飛び降りた。
ここが3階だという事はどうでも良くて、「死ぬかも」みたいな不安も無い。
ただ、虚勢を張るのをやめただけ。
自分に正直になっただけ。僕は、彼の家までの道を、全速力で走った。
もしかしたら、その途中にいるかも っていう、小さな可能性に賭けて。

途中で見つけた彼は、腹部に大きめのナイフが刺さっていた。
涼しい、夜の風が吹く公園に、多量の血をこぼして。「さ...っ 智っっ!!!」
全てがわからない事だらけで、もう頭は真っ白だ。
こういう時ってどうすればいい?
とりあえず救急車を呼ぼうと、ケータイを取り出した瞬間、彼に腕を掴まれた。
「お願い、だから...っ 何 も、しない、で...っ」
「そんな事したら、死んじ ゃうじゃんかっ!! 俺は そんなの嫌だっ!!!」
どうしよう、どうしよう。死なないでほしいのに、何もできないなんて。
「俺、ね...っ 知らな、か ったんだ..っ 偽り、な んかじゃ、ない...っ 俺
は、和と居た、時間が.. 宝、物だよ...っ 和... 大、好き...っ」
彼は、最期にそれだけ言い残して、逝ってしまった。後から知った事だけど、今
回のターゲットは僕のはずだったのに、外部の人間に秘密組織の仕事内容を話し
てしまった彼が、社長命令によって殺されたらしい。彼は僕を殺すつもりだった
のに、恋なんかしてしまったから、逆に僕を守ろうとしたんだ。
彼は頭がいいから、「俺が規則を破れば、ターゲットは俺に変更されるだろう」
って考えて、自分を犠牲にしてまで、僕を守ってくれた。
本当はもっとずっと一緒にいたかったけど、彼の気持ちを大切にして、一人でも
生きていける様に頑張るから。
―今日はこの公園から、美 しい星空が見えます
君も見ていますか?


END



私は玩具。

人に好まれて、必要とされる事が生き甲斐だ。
自らの意思で動く事も出来なければ、言葉を発する事も出来ない。
何の為に生きているのか分からない。誰も教えてくれない。
ただ、外見で判断されて、名も知らぬ者に体を捧げるのが当たり前の世界。
息が出来なくなる様な、暗くて窮屈な世界。
私は、訪れるはずの無い、「希望の光」を夢見ている。

今日もまた、ここに居る。目に写るのは、同じ様な光景。
私の周りには、沢山の人間が溢れていた。
「かわいいっ!!」
「いいなぁ これ欲しいっ」 「お家に連れて帰るぅっ」
歓喜の声が響く。
かん高い、少女達の声。
私は身動き一つせず、ひたすら笑顔を見せた。
―そんなに欲しいなら買ってよ、私に光を見せてよ
新しい世界に行きたい。
こんな窮屈な世界、居るだけで死にたくなるわ。
でも、私が他の玩具と違う所...それは、人気がある事だった。
でも、人気がある分高かった。
簡単に買う事の出来ない様な金額。
―お金なんかより、心が欲しいのに...
私の世界は、また少し窮屈になった。

私が発売されてから、気付けば10年も経っていた。
私は今、「中古品 安売り」 と書かれたワゴンの中。
前まで居た所よりは、広い場所。
でもまだ、息がしにくい。こんな小さな箱の中じゃ、どこに行ったって、窮屈な
ままだろう。
だから、誰かの手によってこの箱が開けられる時を、何よりも楽しみにしている
んだ。
「ママぁ...この人形、どう してこんなに汚いの?」
その声の持ち主は、小さな少年。
私の目をずっと見つめている。
「ここに居るお人形さんは ね、売れ残り って言って 人気が無くなると ここに
入るのよ」
―入るんじゃない、入れられたんだ。
鋭い目で睨みつける。
「へーえ...こんなに可愛い のに何でかなぁ?」
私も、知りたい。
「可愛い」と言うのは、才能だと思っていた。
でも、その才能のせいで自らを傷付けている。
そんなのは、才能って言わない。
むしろ、そんなの要らないくらいだ。
「そうね...きっと、可愛い から高かったんでしょう ね。でも、可愛い方がい
いわよ。沢山の人が誉め てくれるもの」
沢山の人に誉められるだけなら、可愛くなくていい。思い切り美しい空気が吸え
る様な、広い世界に生まれたかった。
可愛くなかったら、この窮屈な箱から出られていたかもしれない。
そう思うと、胸が痛む。
自分を憎んでしまう。
―生まれて来なければ良かったのに...
誰か私を殺して下さい。

それからまた10年経った。私は沢山の「汚い人形仲間」と一緒に、段ボールに移
された。
もっともっと、窮屈な世界だった。
今度は本当に、息が出来ない。
助けを求める声も持っていない。
―誰か 助けて...
頭の中で何度も思い出す。歓喜の声をあげていた、少女達。
私を見つめていた、少年。すると、段ボールからゴミ袋へと、乱暴に移された。
空気の通り道が、きつく締められる。
上から、人間の手とゴミ袋の擦れる音が聞こえた。
ゴミ袋は小さく揺れる。
「ゴミ出しの日って、いつ だっけ?」
急に響く、人間の喋り声。目の前の男の目線まで、ゴミ袋が上げられる。
「あー...わかんね」
目の前の男が、小さく笑い出す。
ゴミ袋が元の位置まで下げられた。
「だよなぁ...処理場に置い ときゃいーかな?」
ゴミ袋を持っている男は、顔をしかめる。
「うん そんでいんじゃね」目の前の男が頷く。
「あんがと。」
二人の男は別れて、別々の道へ歩き出した。
すぐに、「←処理場」と書かれた看板の様な物が見え、男はそれに従って進む。
暗い階段を下り、「処理場」と書かれたドアが開く。
その部屋は広く、沢山のゴミ袋が高く積み上げられていた。
「ここ 置きますねぇっ」
男の声が部屋中に響く。
遠くに小さく見える、もう一人の男が振り向いた。
「おうっ」
今度はもっと太い声。
機械の音が鈍く鳴り続ける中、部屋の上の方に小さな窓があった。
そこから差し込んでいるのは、日の光。
見る事の無いものと思っていた、美しい日光。
今 私の目の前で輝いている。
すると、私の目から涙がこぼれた。
優しく 頬をつたう。
―私、玩具なのに何故?
知らなくてもいいや、と思った。
ただ、私に心が生まれたのだと思った。
ゆっくり目を閉じ、頭の中で思い出す。
最後に見た、あの光を...狭く、暗いゴミ袋の中で、私は静かに眠った。



END