5月12日。もう半ばだ。今日はまたDALFを受けてきた。
在外に出る前の研修も折り返し時点かと思うと本当に早くて焦るけど、
週末ごとにどこかに出かけようと計画を立てたり、自分のために時間を使うことができて
毎日語学の授業を受けられて、留学準備をサポートしてもらえる環境は恵まれている。
予定がどんどん埋まってくる中で、東北の被災地を何かしらの形で訪れたいと思い、
久しぶりにモリウミアスのHPを見たら、なんと大人用の洒落た施設もできていた。
南相馬の小高ワーカーズベースは、メディアに取り上げられる他、HPから見れる変化はなかった。
”復興庁が今年1月にまとめた数字では、避難生活者は7万5千人。
福島県は17年3月末をもって、避難指示区域外から全国に避難している「自主避難者」への住宅無償提供を打ち切り。
このタイミングで避難先の各市町村が自主避難者の多くを「避難者」に計上しなくなったこともあり、
公的な数字としての避難者 数は大きく減っている。
震災後の避難生活による体調悪化、自殺などによる「震災関連死」は、この2年で200人余り増えた。"
(2018年3月に掲載された情報サイトより)
https://www.nippon.com/ja/features/h00169/
東日本大震災と原発事故で東北がとてつもなく大きな被害を受けて、
エネルギーミックスや気候変動政策、対外政策にも影響が色濃く出ていると、
この2年の間もしばしば感じることがあった。
個人的には、震災が、その後の留学にも、進路選択にも、かなりの影響を与えた。
だけどこの2年、その原点をじっくり思い返したり、掘り下げることはなかった。
2011年の3月震災が起きた時はNYにいて、そのあともベトナムに旅行して、3月末に帰国した。
夏にSEAプロでカナダに行き、その間も被災地や家族や家、暮らしをうばれた人たち、放射能汚染、
新たにくるかもしれない地震のことが頭から離れないながらも、自分の生活を楽しんでいた様子が日記から伺えた。
今改めて読むと呑気というか幼いというか。まあその時なりに一生懸命だったとは思うけれども。
ただ鮮明に覚えているのは、いよいよ交換留学の応募締め切りが迫ったその年の秋、
図書館でPCに向かって何か作業をしていた時に、キャンパス内のどこかの寮がパーティーで大騒ぎする声が聞こえてくる傍ら、
被災地とこの瞬間にも自分も放射能に蝕まれているかもしれない、取り返しのつかないことがもうおこっているのかもしれない
そんな恐怖に苛まれて、同時に、自分の将来を本気で考えて、自分にできることが何かを、考えた。
ちょうどセルジュラトーシュの脱成長に関する本を読んで、こんな夢物語みたいなことだけど、
持続可能性を本気で追求できたら、これまでは動かなかったことも動かせるんじゃないか、
であれば自分がそのために何かできないか、そんな風に考えて、それまで全く候補に上がってなかったリーズの環境系の学部に留学することになった。
そのあと紆余曲折あって、最終的に環境に特化するのではなく、より幅広い分野を扱う職を選ぶことになるけど、
最終的に決めた時も、あの時図書館で襲われたとてつもない恐怖心とそこから来た強い想いと矛盾することはなくて
むしろ、環境だけじゃない、あらゆる脅威から人々を守りたい、少しでもよりよい方向に社会が向くように
そのために自分の強みが活かせそうな、ずっと関心を持ち続けられそうな場所を選んだような記憶がある。
先日、職場の上司がお疲れさん会と称してご馳走してくださった時に、話したことを思い出す。
「今この場、環境に感謝はしているし、この先にも希望もモチベーションもあるけれど、
はじめにもっていたビジョンとは違う方向を向いている気がするんです。
課題に対して自分がやっていることや方向性がきちんと合致しているか、それは最適解か、
常にそれを追求していくことがあるべき姿だと思っていたけれど、
それは結局自己実現という側面が強くて、どれくらい何かの役に立てるかということと必ずしも
直結していないのではと今は思うんです。自分を客観的に見るって難しいから、
置かれた場所で精一杯咲くのが結局いちばん良いのかもしれないとも考えるようになりました。」
それを聞いて、うんうんと頷いてくださっていたけど、こうも仰っていた。
だけどこの職場で、置かれた場所で咲くことだけを考えていたら、
すごく狭い視野の中で、「こなす」域を越えないかもしれない。
だから、自分がはじめに持っていた違和感とか問題意識とか
そういうものを持ち続け、常に考えていないといけないんじゃないかな。
28歳になって、正真正銘大人になった。
まわりでは同世代で結婚したり母親になったり、人生の新たなステージを迎えている人が
日本にも外国にもたくさんいて、時間が経ったことをつくづく思い知る。
震災から7年、リーズから帰国して5年、AFSでのフランス留学からはもう10年ー。
一つ一つあげたら正直キリがないけど、いろいろな優しさとか、指導とか、応援とか
将来を見据えてサポートしてきてくださった方達が山ほどいて、少しはそれに応えられたらいいのにと思う。