「キスしていーい?」

一緒に飲んでいた、未樹の行きつけの高円寺のバーで、
ヤツは急に、あたしに尋ねた。

気持ちよく酔っていたあたしは、

「いーよー」

と、いとも簡単に答えると、その一瞬で、どうやらキスをされたのらしい。
らしい、というのは、未樹のその唇が、あんまり柔らかくてフワフワしていたから、
あたしはその行為自体に、気づかなかったのだ。

あまりにも一瞬の出来事だったから、
キツネにつままれたような気になって、思わず、
「もう一回、お願いします」、と言いたくなったくらいだ。

でも、言わなかった。
何故なら、すぐ右側で、満面の笑みを浮かべた未樹が、あたしをずっと見つめていたから。
だから、言えなくなった、の方が正しいかもしれない。

あたしたちはその後、何事もなかったかのように残りの酒を飲みほして、店を出た。



9月5日水曜日。
あれが、未樹との、初めてのキスだった。
もう、20年来の知り合いだったのに。

店をでてから、あたしたちは、どこをどう移動したのか記憶にないほど、
歩きながら、何度もハグし、キスをした。

そんなことをしながら、

「こいつ、こんなにあたしに好意を持ってたんだ?
 あたし、こんなにこいつのこと好きだったんだ?」

って、そんな想いが、あたまの中をぐるぐる廻ってきて、
可笑しいやら嬉しいやら楽しいやら、あたしは、「あとのこと」 は、どうでもよくなっていた。

未樹が、結婚していることも、知っている。
そしてそれが、新婚さんと呼べるほど近年で、
二人目の子供もまだ、一歳に満たないことも、もちろん知っている。

でもあたしは、かまわなかった。
だって、こんなに遅くとも、出会ってしまったのだから。