「…いったいどうしたの?」
アナの控え室に入ったエルサは、信じられないというように、目を見開きました。
「もうすぐ式が始まるのよ?
なのに、何故まだ着替えていないの!?」
アナが呼んでいるからと、使用人に呼ばれ、控え室に来てみれば、目の前にいるアナはいつものモスグリーンのドレスを着ていました。
そして、アナが着るはずのウェディングドレスは、トルソーにきちんと着せられたままだったのです。
「…アナ
もう時間がないわ。
早く着替えを…」
そう言って、使用人を呼ぼうとするエルサの手を握り、アナは首を振りました。
『だって…
着れないのよ。』
「…アナ?」
神妙な顔つきのアナに、エルサは首を傾げます。
『私では、このウェディングドレスを着れないの』
そう言って微笑むアナに、エルサは眉をひそめました。
「……また太ったの?」
『ちッ、ちがうわよ!!』
《また》という言葉に、アナは慌てて否定します。
そして、小さく咳払いをしてから、続けました。
『コホン…あ~、だからね?
このウェディングドレスは、私の為のドレスじゃないってこと!』
「……どういうこと?」
アナの言葉の意味を理解できないエルサは、眉をひそめて尋ねます。
アナは、エルサの問いには答えず、いたずらっ子のように笑いました。
そして、トルソーに被せられたヴェールを外し、エルサの頭へふわりとかけます。
「アナ…!?」
突然のことに、驚くエルサをアナは優しく抱きしめました。
『守らせてほしいの。
エルサの幸せを…』
「私の…幸せ……?」
アナは体を離し、戸惑いを浮かべるエルサの瞳を真っ直ぐに見ます。
『そう、姉さんの幸せよ。
…愛してるんでしょう?
ハンスのこと…』
「それは…ッ」
アナの問いで、エルサの瞳が不意に大きく揺れました。
そうして、真っ直ぐ自分に向けられる瞳から、咄嗟に視線を外します。
「…それは、アナの…勘違いだわ…」
そう言ってからエルサは、自分の声が、震えていることに気づきました。
「私の……
私の幸せは……」
──この国を…守って…
『…愛する人の傍にいること』
そう紡がれた言葉に、エルサはハッとして顔を上げました。
アナは、優しく微笑みながら言葉を続けます。
『私の幸せは、愛する人の傍にいること…
そして、貴女たちの幸せを願うこと───』
───いつか貴女たちにも、愛する人と巡り会う時がきっとくるわ
傍にいるだけで、幸せだと思える人にね?
フフッ…
とっても楽しみだわ───
そう言って、幸せそうに微笑みあう両親の姿が、不意に甦りました。
『お父様もお母様も…、きっとエルサの本当の幸せを望んでるはずよ?』
あの時の母親の微笑みが、目の前のアナと重なって見えます。
「本当の…幸せ……?」
アナはゆっくりと頷き、エルサの手を優しく握ります。
『だから…、もう自分を偽わるのはやめて?
…お願い…』
アナのその言葉に、エルサはハッとしました。
3年前、あのパーティーから逃げ出した夜、もう自分を偽って生きてゆくのはやめようと、心に誓いました。
長い間、本当の想いを隠して生きてきたエルサは、その瞬間、ありのままの自分らしく、生きてゆく素晴らしさを知ったのです。
しかしエルサは、自分が今また同じことを、繰り返そうとしていたことに、気づきました。
『姉さんの幸せは…
…本当の幸せは……何?』
アナにもう一度尋ねられ、エルサの細い睫毛が小さく震えます。
「私の…
…本当の…幸せは……」
──君を…愛してるんだ…
ずっと、一緒にいてほしい───
あの月の輝く美しい夜…
不意に抱き締められ、囁かれた言葉が、エルサの胸を締め付けました。
「……そばに…いたい…」
エルサの透き通った青い瞳から、一粒の雫が落ちます。
「彼の…そばにいたいの……」
──ハンスと一緒に…
生きてゆきたい……