※時刻を間違えていたので訂正しました。

大人しく過ごしていた。
病院の指示通り。

朝ごはんは、朝日を眺めながらゆっくりと済まし、持ってきた本をそのまま広いデイルームで少しだけ読むことにした。


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と言うのは、私はカーテンで仕切られた狭い閉鎖的な空間がとても嫌いなのだ。それで食後、本を少し読むことにしたのだが、食事が終わると、ほとんどの患者がデイルームから、いつの間にか自室へと消えていることに気づいた。ので、本を読むのも疲れるので、私も自分のベッドに戻る。
ベッドに戻ると、朝の薬を配りにやってくるのをひたすら待つ。
朝ごはんを食べてから、ゆうに1時間半くらいはたっている。いつもなら薬は、食後、或いはコーヒーの後すぐに飲む習慣ができているので、その長い待たされるだけの時間がとても不安に感じた。
その他、検温・血圧等をその日担当の看護師に伝えるこの毎日の決まりごとを、朝食後のベッドの中で大人しくして待つ、この午前中の待ち時間が大変長く感じ、辛かった。


カーテンで仕切った狭い空間の中、
寝るでもなく、ただ待つだけの時間。
私は、色んなことを思い出しては、午前中の間、たくさん泣いた。時に静かに。時には声をあげて泣いてしまった。
そういえば、はるかもタイヘンなことをして、何度かストレッチャーに乗せられていたあの当時の事をまざまざと思い出し、私はあの時、苦しむあの子のために必死にもっと何かできる事はなかったのかと思い、傷が疼いた、、、、、、。
今、同様の場所に私もいることに、私にはわからなかったはるかの気持ちに少し近づけたような気もして、それは良い経験だったのかもと思ったり。うまく言えないが、色んな複雑な思いが、毎日の午前中に、浮かんでは消えて、たくさん泣いた。
病院のベッドでさめざめと泣くのは悪い事ではないと思っていた私だったけれど、向かいのおばあちゃんは、私が泣くと、決まって
「ねえちゃん、泣くの、やめ〜や。泣いても何もかわらん。」と言う言葉が投げかけられた。
私は返事をしなかった。
このやりとりは毎日変わることなく続いた。

冒頭に書いたように、病院の指示通り、大人しく過ごしていた。それは本当だ。
夜は、夕食後の薬の配布の後、、、
20:30から20:45の間に、睡眠導入剤を配られる。 同室の人は、その後すぐに眠れる様子だった。部屋は真っ暗。
だが、私は、そんな早い時間に眠れなかった。

翌日は半日外出(荷物、着替えなどを取りに)の許可をもらっていたので、あの患者はまだ不安定などと思われると嫌なので、ナースコールを押すことも我慢し長い夜をすごした。
時間の経過を待って、静かに眠りにつくことを望んだが、色んな思いが巡り巡って眠れない。
午後10時、だめ。11時、まだ眠れず。


ある時は、はるか・チオちゃんを思い出し、泣き臥せったりしたが、今夜はその気持ちは全く消えてなくなっていることに気づいた。
なんもない。
泣いてる時のほうが少し楽なように感じた。
ただただ、眠れない苦しさに耐えることが強いられた。

私は死にたいなどと大それたことは思わない。
ただ、とにかくしんどかった。
生きること、がんばることがしんどくてたまらない。
未来も、ちゃんとあることも知っている。希望だって、探せば見つかることも知っている。
それは、絶望とは呼ばない、私にとって。


しんどいから動けないだけ、今は。



ただ、今夜の気持ちは、

虚無感でもなく、退廃感でもなく……

んんんん〜〜〜〜!

思い出したゾ!  無常観だ。

無常観、今夜の気分はソレがぴったりくる。




眠れないやん!!!眠れないやん!!!

お酒がのみたい  たくさん飲みたーーーい!
タバコも吸いたい!!!

それ以外は、何もしたいことがない。

泣いてわめいてた時さえ、なつかしく感じる。

もう、今が何時かもわからない。

眠剤2錠+仕方ないから頓服1錠
+(内緒で)隠し持っていた秘密のとんぷく3錠飲んだ。

それでも眠れない。、、、



今日(明日)は、外出しなあかんから、ナースに何も訴えず、恐怖の夜を耐えた。

やっと眠れたのは、深夜の1時は過ぎていたと思う。9時から数えて約4時間。眠れないのは辛すぎた。





「はるかの絵の本」復活しました。
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