娘が先になくなったことについては、時に神様を恨みたくなりますが、
友達に恵まれていることに関して、それだけは、私は神様に感謝しています。
ベルギーの親友チオちゃんは、不思議なことに、地球の反対側にもかかわらず、
まったくの偶然、はるかと同じベットで(ビックリ!!!)、リビングの祭壇にもベッドの上の棚にもはるかの写真を飾って、毎日はるかに思いを運んでくれている。
大阪の親友よみちゃんは、こないだ会った時よかったら、はるかのモノ何かもらったってといってもらってもらった、ピヨコのマスコットを、
はるかの命日の前日と当日は、偶然、私達の中学高校の何年か振りの泊りがけの同窓会だった。(無論、私は欠席)彼女は夕食ディナーだけ出席した後、わたしのとこに来て泊まって一緒に四天王寺さんにお参りに行ってくれました。涙
今年になって親しくなった友達は、
「実は自分もたまに鬱になる時があるけれど、ぼくの主治医の先生はとってもイイ先生だから、もしはるかちゃんがなくなる前にボクと知り合ってたら、◯◯先生のとこにはるかちゃんをつれていってあげたのに…残念だ。」と言ってくれた。
はるかがなくなってから、ブログとFBでつながった人、
生きてる時ははるかと会ったことのない人も、はるかを知ってくれて何となく可愛がってもらっているような気がする。
はるかの絵はがきと「はるかの絵の本」は、いろんな人のところへひらひらと飛んで行っている。
そして、はるかは、死んでるらしいけど、何だか生きてた時より、いろんな人の心にしっかりと棲ませてもらってる気がする。
私はたくさんのひとの心に支えてもらってようやく日々を生きている。
そのことに感謝している私を、はるかがちょっと上から見下ろしている。
最後はひとりぼっち。
誰も頼れない。
それをはるかとチオちゃんが命をかけて、私に教えてくれていると思う。
感謝の心だけは忘れないようにしようと思います。
オヤスミナサイ。