昨日久しぶりに高校の同級生達とご飯に行ってきた。前までぬいぐるみを投げ合ったりして笑っていたのが、将来についてや、就職について話していた。これが大人になるってことなのかなと思いつつ、みんなの話を聞いていた。
人それぞれ、人生プランはあって、どんな仕事をしていきたいとか、最終的にどうなりたいとかをすごく現実的に考えていた気がする。他の3人の話を聞いて自分の何も考えていなさに気づいた。
特に今まで何も考えることなく、レールの敷かれた人生を歩んできた。生まれてからこれといって自分で大きな決心をして生きたことなどまぁないと思う。でも結婚は自分で決めた相手としたいと思う一方、両親のようにお見合いをするという最強のレールを敷かれた人生を生きることだってできる。3人の話を聞いて、すごく自分がちっぽけで、何のために生きているのか分からなくなった。人生にこれと言って成し遂げたいものなどなくて、誰かのために頑張ることはできても自分のために頑張ることなどしてきたことがない。
私はなんのために生きているのか、何を目指せばいいのか、今までの人生で考えてきたことがなくて、途方に暮れた。一晩おけば何かが変わるかもと思ったけど、何も変わってない^_^
なんの向上心もなければ、何を成し遂げたいとかもない、こんな人生ってなんか意味あるのかなまだ思ってしまう。
強いて言うなら、子供を作って今のような生活がしたい。これに限る。でもそれは贅沢で、自分の就くと決まってる仕事じゃ到底実現できなくて、負のスパイラル。いつからこうなってしまったのか。今までもこれからもきっと、決断を迫られることなく生きていく私は、人のために生きていくのかなとまで思う。
自分の存在価値のなさに心底絶望していた時、彼の素敵な言葉が響いた。「人の価値はどれだけ稼げるかではないかど、それに置き換えるなら、もし仮に、一億稼いでいた男の人がメロリマリと一緒にいることで二億稼げるようになったら、それは君の価値は一億ってことだよ」と。確かにそんな自分の価値の見出し方もあるのかもしれない。ちょっと嬉しくなった。この生き方はきっと、人のために生きてきた自分にとって理想としてる生き方な気がする。昨日も新しいポジティブな考えを提供してくれた彼に感謝。一生彼に寄生して生きれたらなとまで思う。#重い