香港で不妊治療継続中★☆2020年〜

香港で不妊治療継続中★☆2020年〜

夫と香港に移住して約3年。
日本帰りたい~と思うこともあったけど、今では香港が好き♡いや、香港人大好き♡♡♡

今の私
・体外受精で2回移植→流産→不育症検査→夫婦染色体検査

Amebaでブログを始めよう!

不妊治療を始めて、約2年。

この間、周りの出産ラッシュがあって、辛かった。

 

わたしは、女性従業員(社員・アルバイト含む)9人ほどの職場で働いている。

その9人のうち、妊娠できる年齢の人は、私含め5人。

 

そのうち、この2年で、3人が出産。

ものすごい出産ラッシュ。

 

1人目。

初めの一人は、体外受精で授かった。

この人の時は、色々話をきかせてもらって、参考にさせてもらった。

まだ、そんなに心は病んでいなかったから、平気だった。

でも、この人の仕事が私に回ってきて、フォローするたびに、

「あああぁぁぁ私も子供欲しい」という気持ちは、強くなった。

 

2人目。

この人は、コロナの影響で、香港の駐在を中断して、日本へ帰った。

すると・・・数か月後、実は妊娠していた、という事実が発覚。

日本へ帰るころは、自分の妊娠に気が付いておらず、日本で気が付いたらしい。

香港人の彼氏(?・・・正式に付き合っていたのか??)との間の子供。

結婚もしていない人に、なぜ子供が!?という、怒りに似た感情がこみ上げた。

その女性に対しての怒りじゃなくて、世の中の不条理に対しての怒り。

神様が非情なことへの怒り。この時は、家に帰ってから、泣いたな~。

 

3人目。

不妊の検査をして、あまり問題がなかったという夫婦。

検査をしたぐらいだから、欲しいと思ってから、だいぶ時間が経ってもできなかったんだろうな、と思ってた。

そしたら、その検査から数か月後、妊娠したことを聞かされた。

この方も、香港を離れてから妊娠。

ある人に「環境が変わると妊娠するっていうからね」というようなことを言われて、

「あぁ、わたしも香港離れようかな、香港離れないまでも、仕事変えたり、引っ越したり・・・」とちょっと考えたりもした。

2人連続で、香港を離れるとき、離れたときに、すぐ妊娠したもんだから。

 

この3人目の妊娠を上司に聞かされた時は、その場で泣いてしまった。

彼女より、私の方が早く検査してたし、300万円近いお金を使って、治療もしてきたのに、なぜ!?

という気持ちだった。人の妊娠をうらやましがったりしても仕方ないけど、そういう気持ちは自然と湧いてくる。

 

この方の仕事のフォローは、本当に辛かった。

毎週毎週、フォローするたびに、「あぁ、いま、おなか大きいんだろうな」とか

「もう臨月か」「そろそろ出産かな」「生まれたかな」などと、思って。

その間も、自分は生理が来て、「ああぁ、今月もやっぱりダメだったか」って落胆。


 

 
 

 

 

 

自分だけ妊娠できない。

妊娠しても、流産する。

どうして、結婚してもいない、望んでいない子供は流産にならず、

強く望んでいる私の子供は流産になるの?

 

そんな不毛なことを考える日々。

 

早く抜け出したい。

 

 

 
 
 
 
 
 
 

 

待ちに待ったカウンセリングの日が来ました。

流産して、公立病院に紹介状を書いてもらってから約1年。

 

本当に長い、長い1年でした。

この間も、自己流タイミングで妊娠にチャレンジするも、むなしく。。

やっぱり、年齢が妊孕力に影響しているんだなと思う。

 

カウンセリングに備えて、妊娠や不妊治療に関する英単語を、夫と二人で勉強。

ネイティブに近い英語力を持つ夫も、やっぱり知らない単語ばかりと言ってた。

まあね、専門用語だからね。難しい。

 

カウンセリングは、男性医師が担当してくれた。

検査結果などを見ながら、「検査結果はあまり問題がないね」なんて言われたから、

『これは体外受精断られるか・・・!?』とドキドキしたけど、なんだかんだ

「体外受精をするほうが、妊娠への近道」というようなことを言われて、体外受精をすることに。

 

でも、その前に。

 

2回連続で流産しているから、夫婦の染色体検査をしましょう、ということに。

 

ふえぇぇぇぇ。

また検査が追加されて、治療開始が遅れる~~~!!!!!!!!!!!!!!!!

 

まぁ、仕方ないけどね。

 

採血の予約をして、この日は終わり。

 

前進したんだか、していないんだか。

 

 

1度目の流産をしてから、次の移植までは、3カ月の期間をあけた。

今思えば、短かったと思うけど、医師には生理を1回見送れば、OKと言われていたので、問題なかったはず。

 

ちょうど、親友の結婚式で日本に帰ることになっていたから、それに合わせて

移植もしてしまおうというのが一番大きかったんだけど、

親友が同じような時に妊娠していて、同い年で産んで同時期に育てたいって気持ちもあったかも。

 

結局、この時の移植も着床→胎嚢確認→心拍確認→流産 になるんだけどね。

 

 

 

1度目の流産の後、しばらくは落ち込んだけど、次の妊娠をしないと、と焦る気持ちが強くて、

あまり間をあけないで移植をすることにした。

この時は、まだ、次に妊娠したら、流産せずに出産できると信じていたこともあり、

次に向けて切り替えなきゃ!って気持ちが強くかった。

 

会社に次の移植のスケジュールを伝えて、1週間×3回の休みを申請して。

周りの人に協力をお願いして。

なんだか、バタバタしてたなーという感じ。
 

 

3カ月の間に、香港人にオススメされた体を温めるスープを飲んでみたり、

子宮内膜が厚くなるようにと思って、豆乳を飲んでみたり。

もちろん、葉酸はずっと飲んでいた。

 

自分にできることって少ないな~と思いつつ、過ごした3カ月でした。