ガールズバーのバイトを断るつもりだったが、勢いに負け研修を受けることになった私。
「明後日かぁ…とりあえずちゃんと断らなきゃ…」
1人トイレの個室で呟く。
迎えた研修日当日。
「おはよー奈美ちゃん!今日ね、お米炊き忘れちゃってパンメニューなの〜ごめんね〜!」
私は昔から朝食はご飯派だったが、一人暮らしを始めてからはパンとヨーグルトで過ごしてきた。
母も朝はご飯がいいらしく、母が来てからはずっとご飯メインの朝食だった。
「あぁいいよいいよ。」
今思うと、いつもと違うこの景色は、これから踏み入れたことのない世界へ足を突っ込んでいくことの暗示だったのかもしれない。
「行ってきまーす」
研修は20時から。直接会って断りの連絡を入れにいくことがまぁ怖かった。
電話越しで聞いた店長の斎藤さん…もしかしたらヤクザの人だったりして…
断ったらブン殴られたりして…
不安に駆られて仕事どころじゃなかった。
今日は仕事量が少し多くて19時に退社した。
お店は会社から少し遠めの場所にある。
(間に合うかな…?)
断りに行く恐怖と遅刻しそうである焦りが合わさり、ねっとりとした汗をかきながら駅へ走り、お店に着いた。
5分前に着いた。
すでにお店には2人の女性がいた。
1人は20代前半っぽいちょっとギャル目な人
もう1人は30代前半っぽい割と地味目で小柄な人
だった。
「汗大丈夫ですか…?」
とギャル目の人から声を掛けられた。
「あぁ!仕事終わりで急いで来ちゃったもんで…笑」
「そうなんですかーたいへーん!!あ、なんかさっきお店の人が言ってたんですけど、入店予定の人あと3人いるらしくてー、でも今日来れないらしいですよー」
「そうなんですねー。」
気さくに話しかけてくれたギャルとたわいない話をしていると、いかにもボーイといった感じの男性が裏口から入ってきた。
「おっ!これで今日は全員揃ったね!改めて紹介します、私斎藤慧と申します。」
今目の前にいる人が電話越しで話してた人なのか…
電話越しで想像していた人物像とは良い意味でかけ離れていた。
おそらく30代後半、背が高くすらっとした体型で恐ろしくスーツ姿がよく似合う。
今流行りのツーブロックで髪はテカテカだが、とても夜の人間とは思えない異常なまでの爽やかさがある。
「早速なんだけどー、お店のシステム説明していくね〜。うちの店は…」
私以外の2人はちゃんと話を聞いていて、時折笑う姿も見えていたが、私はいつ断りの話を切り出すかで頭がいっぱいだった。
「じゃ、最後に制服で、これを着て皆さんには接客してもらいます。」
机に置かれたものは予想していたバニーガール衣装よりド派手なキンキラキンの衣装だった。
事前に聞かされていたであろう他の2人も流石に顔が引きつっていた。
「黒と白のやつじゃないんですか…?」
30代の女性が尋ねた。
「うーん、それじゃ面白くないなーって思って、ゴールドのバニーちゃん買ってみたんだ!」
3人「……。」
「とりあえず更衣室があるからそこで着てみて!合わなかったら他のサイズ取り寄せるから!」
言われるがままに3人で更衣室へ向かった。
ギャル「バニーちゃんってこれ!?派手すぎww」
30代「本当そうだよね〜てっきり白黒のやつだと思ってた…」
私「こんなん売ってるんですね…」
各々試着し、幸か不幸か全員サイズが合った。
ギャル「全員サイズぴったりでしたー!」
斎藤「おぉー!よかったー!ありがと。」
こんなことをしている場合じゃない!!!!!
早く断りの旨を伝えなきゃ!!!
「あの…今回のことなんですけd」
ギャル「斎藤さん超かっこいいし、お店の雰囲気も、いいし、みんな良い人そうだし、これから一緒に頑張りましょ!!!」
私「あ…そうだね!頑張ろ…!!」
30代「なんか私もちょっとだけ頑張ってみようかな…って思ったー」
「よかったよかった!これで人減ったりしたらもう俺どうしようかと思ったよー。3人とも仲良くなったみたいだし、これからよろしく!シフトはLINEで報告で!では終わりまーす」
あぁぁぁぁぁ!!!!またやってしまった!!!
また言い出せなかった!!!!!
というかもう店員の1人と見なされてるし、やめるにやめられないぞこりゃ!!!!
肉体的にも精神的にも疲労困憊の私が家に帰ったのは22時。
母は22時を過ぎると完全に寝てしまう。
鬼のようないびきを背に、今日作ってくれた晩ご飯を口にする。
(でもあのメンバーなら私でも頑張れそう…)
心の中でそう思い始めた私がいた。