先日、イヤなことがあった。
学校に早々と到着すると、教室に前のクラスの生徒と先生がいて、先生はその生徒に色々注意をしていた。
注意している内容については、その先生と生徒にしか分からないから、問題ではなかった。
しかし、その生徒がいなくなると、先生は「はぁぁ。出来ないクラスの子は大変ねぇぇ。」と漏らした。
私と同じく早々と到着していたクラスメートがいて、その子は「大変そうですね(^ ^)」と応える。
私は笑えなかった。
私も昔から親に出来ない子、とか、馬鹿野郎、とか、学習障害とか言われてきたから、なんかすっごいその“出来ないクラスの子”という発言に傷ついた。
そしてまた早く到着した日、生徒とあの先生がいて、その生徒から元気のなさが感じられた。
机に突っ伏すような姿勢で、顔をなんとか上げていて、ビビりの犬みたいな感じ。
なんでこんなに元気ないの?先生のせいなんじゃないの?と思いました。
私は、小さい頃は親にさんざん怒られても、言い返したりしてた。
父「なんでこれが分かんないだよ‼︎バカなんじゃないか⁉︎」
私「お父さんの教え方が悪いんだよ‼︎‼︎」
父「人のせいにするんじゃない‼︎‼︎」
みたいな感じで(笑)
結局私は勉強が苦手なままですが、どこ行ってもよく怒られるから、怒られることに慣れるという力が身につきました(笑)
確かに父の言う通り、努力もしないで分からないと諦め、挙げ句の果てにそれは教え方が悪いと言うのは人のせいにしていると言える。
だけどさ、努力してないわけじゃないよ。
しかも頭に入ってくる先生の授業も少なからず確かにあった。それが嫌いな科目であろうとなかろうと。
聞きたい、学びたいと思える授業があった。
だから“出来ない子”というレッテルを貼られてしまう子は、出来ないんじゃなくて、その子にあった教えられ方をされていないだけなんだと思う。
昔、『話を聞かない男と地図が読めない女』という本がありましたね。
女性は地図が読めないんじゃなくて、一般的な地図は男性が読みやすいように作られているみたいです。
だから女性が読みやすいように作られていたら、男性は地図が読めなかったかもしれない。
まぁ女性でも地図を読める人、男性でも地図が読めない人もいますがね。
つづく。