これは仮定の話だ。


可愛らしい女の子が目の前で泣きじゃくっていたとしよう。


それはあまり知らない同じ学年の子だ。


どうするだろうか。


手を差し伸べて立ち上がらせるだろうか。


声をかけて励ますだろうか。


自分には関係無いと放っておくだろうか。


はたまたなにも言わずに抱き締めるだろうか。



これはあくまで仮定の話だ。


たとえ脳内では抱き締めると思っていても実際にそんな事になったとしたら放っておくかもしれない。



 しかし、本日をもって十七歳になった俺は思うのだ。



有言不実行が最も悲しき行為だと。



 昔から親にひねくれた子だと言われた。


小さな頃は屋根のある所でいつも本を読んでいた。


別にひとりが好きだったわけではない。


休み時間に行われるドッヂボールにも参加はしたかった。


けれど人に何かを頼む、という事が嫌いだったのだ。


だから入れてくれ、と言い出せなかった。


そのせいで小学校時代のあなだは「病気君」。


中学校時代のあだなは「プライド高男」。


中学生の時の方がえげつないな。


 ちなみにそのプライドが高すぎる性格は今も抱え続けている。


いわば病だ。


 高校に入ってからはあまり人と関わらないようにしてきたし周りも俺に興味を示さないため変あだなは付けられていない。


高校生にもなって人に変なあだ名付ける奴何て居ないだろうけれど。



 というわけで持ち歩ける小型の電話は持ち歩くことなく今も自宅の机の中で永眠している。


 さて、そんな俺がなぜ、担任の男性教師に頭を下げられ何やら必死に頼まれているのだろう。


「お願いだ須崎。」