本日は最近読んだ本についてお話させて下さい。


岩下尚史さんの「芸者論」。


よく耳にする「芸者」という題自体に、実はある意味がこめられていることに注意していただきたいです。世界に知られている「Geisya」ではなく、京都でいう芸妓・舞妓が、東京・新橋なら芸者と呼ばれて、その定義に若干の差異があります。


本書中の花柳界は新橋が舞台となっています。


封建制度下~明治維新より、日本の政財界の莫大な富を供給源として根を張り、まさしく一つの世界を創りあげた花柳界。
(新橋は幕末以降。)


当初は幕府役人を始めとする大物が、遊女目当てに通い、その隙間産業として成立したのが所謂「芸者」とのこと。


時は維新後に移り、独り歩きしていく芸者の尊大さと、花柳界を存続させられるような富の偏りの縮退。


その栄枯盛衰の歴史の一端を、自身が花柳界に身を置かれる岩下尚史さんの柔らかい、より日本人的なタッチで描かれた名作であると感じています。


そして現代となっても、同じような淘汰現象が起きているのが銀座なのです。


脈絡と受け継がれる富を携えた華やかな空間への憧れとその裏にある悲劇的な事実。


私のような低所得者には無縁の筈なのにとても共感してしまいました。




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石原伸晃幹事長からとんでもない言葉が飛び出しました。


本人としては、「細川内閣から羽田内閣への変遷期に起こってしまった、中華航空140便の名古屋空港墜落事件(死者264人)」をなぞらえて、皮肉(冗談?)として話したようです。


私は愕然としてしまいました。もし彼が神経を病に犯されていてそんなことを口走ってしまったのならやむをえない話なのですが…


ちょっと想像してほしいのですが、私達がどんなに親しい間柄でも、たとえどんなBlackHumorのつもりでもそんなこと…言えます?


たとえば会社で良く遅刻する社員がいたとします。


上司は見るに見かねて、制裁のつもりでこんなことを言います。


「おまえ、また明日遅刻するようならまた飛行機落ちるぞ!」


当然、ここで登場する上司は1994・140便の事故とは全く無関係の人間です。


私だったらどんなに尊敬し、盲信していた上司だとしても一気に疑いの目を向けてしまいます。
(精神的にかなり追い詰められているのではないかと、逆に心配になってしまいます。)


事故に遭遇され、亡くなられた方々に対して、これ以上の侮辱があるでしょうか。


石原伸晃幹事長に話は戻りますが、「天災」と言えば、僅か四ヶ月半前、我々日本人全員が衝撃を受けたばかりではありませんか?


そして、日々、被害に遭われた方々の復興を願っている時期ではありませんか?


それをそんな風に軽々しく、公共の場で口に出せるものなのでしょうか?


彼にとって、東北の震災は他人事なのでしょうか?


しかもその発言の目的も、自党に政権を呼び戻したいという、自己満足のために行っているのではないのですか?


彼が普段、「東北の震災」に対してどのような考え方でいるかが、ポロッと暴露されてしまった一瞬のように感じてなりません。


 ※先日の記事で、政治家の悪口を言うことは解決には繋がらないというような話をしたばかりですが、こればかりは許すことが出来ず、糾弾せずにはいられませんでした。矛盾を感じさせてしまったらごめんなさい。

彼の親族の方が、「東北震災は天罰だ」などと言っていた事に対しても、(たとえ謝罪があったにしろ)私は疑いの目を向けずにはいられません。


ふとした瞬間の発言に、その人の飾らない本当の気持ちが顕れてしまうと思います。


先日の中国浙江省温州市で起きてしまった事故は、大変残念なことでした。


しかし、事件後の処理について、今さまざまな議論がなされています。


まず第一に、自動列車制御装置(ATC)が何故作動しなかったのでしょうか?


専門家の話によると、本来のダイアでは追突した"D301"は停車していた"D3115"より先行して走っているはずが、順序が逆転していたことにより作動しなかったのではとのこと。


いずれにしろ、運転士が夜間に前方に停まっている電車に目視で気づいてからブレーキをかけるしかなかったという、オートメーションとはかけ離れた従来通りの停止方法しか出来なかったようです。


それにしても、鉄道省は何故地中に埋めてしまうなどという全く不可解な行動をとったのでしょうか?


鉄道省・メーカー間で、安全基準的に後ろめたいことがあるからにしか思えませんね。


今後の展開にも目が離せません。