書評:自閉症だったわたしへ
書評;自閉症だったわたしへ 著:D、ウィリアムズ 訳:河野真理子 新潮文庫建築学科に所属していた時、卒業設計のテーマを精神病に対する哲学的解答という、頭の悪さを前面に押し出したテーマを建築によって実現するという、無理難題に取り組んだ。ちなみに失敗した。当然、精神病とはどんなものかしらなければならない。だからなのだろうか。地元のBookoffを自堕落に散策していいると、本棚に敷き詰められた数多の文庫本の中にあった、この本のタイトルが書かれた背表紙が何故か目に留まり、脚も止めた。手に取って、表紙を見る。ハートを抱える女性の絵。思っているのと違う。中を読んでみて、小説形式である事を理解すると、本棚に戻そうかと思った。当時の私は、もっと自閉症について科学的に書かれた本が読みたかったからだ。(結局読む事はなかった)けど、本を本棚に戻すと、何故か違和感を覚えた。再度本を手に取ると、何故か安心した。こんまり先生感である。そんなこの本は、海外では「蜃気楼」みたいなタイトルで出版されているらしい。又は「どこにもいない私」。日本では「自閉症だったわたしへ」である。何故海外のタイトルが「蜃気楼」や「どこにもいない私」なのかと言うと、自閉症である作者は、意識が自身の内面に向かい続ける傾向がある為、この世界、つまり現実世界との関わりが薄い、故に現実世界の「どこにもいない私」という事だった気がする。タイトルが「自閉症だったわたしへ」じゃなかったら、絶対購入しなかった。自閉症の映画と言えば、「シンプル、シモン」「500ページの夢の束」、日本のドラマなら、山崎健斗さん主演の「グッド、ドクター」だろう、少なくとも私の中ではそうだ。映画の方は、自閉症の主人公が様々な問題を抱えつつも自立する姿が可愛く描かれ、グッドドクターでは才能を持った自閉症の医者である主人公と、彼を中々認めない周囲という対立を、双方成長し、協力していくまでの過程を描かれていた。勉強不足と浅い思考を心からお詫び申し上げます。対してこの本は、自閉症である作者の自伝小説である。つまり生生しいという事である。内容本題である、「自閉症だったわたしへ」の著者は、D,ウィリアムズ。どこの国の人だか忘れました。ごめんなさい。当人は自閉症で、彼女が自閉症と診断されたころ(25位)自閉症という概念はまだ新しく、診断されて2年後くらいにこの本を書いたらしいのだが、今ある自閉症児に対する接し方のフレームワーク的なモノを、彼女は既に形作り、当時ほぼ初めて、自閉症に関する本として出版されたらし。自閉症に関する勉強をしている人たちにとっては、真新しい情報はないかもしれない。唯、作者当人が自閉症であり、ものすごく読みやすい文章で描かれている為、周囲の人が「気味の悪い几帳面さ」「なのに不器用」「脈絡なく突然発狂」と判断するまでの間に、当人が何を感じているのかが、当事者の視点で流れるように描かれている為、その読書体験は恐らく本書でしか、多分できないと思う。そして、主人公の世界が色鮮やかで魅力的である事が、この本の最大の魅力である。みんな彼女が好きになる、間違いない。・本書を読んで分かった事自分の世界、ルール、秩序、総じて、自分と世界の境界線(肌も含まれる)を侵害されるのに、耐えきれないレベルの苦痛を感じるらしい。だから、自閉症と思われる子供たちには、自分の世界の境界線を、自分の世界にいつでも入り込む方法を身に着けさせるといいらしい。本の中では、輪ゴムでカウントダウンを行っていた。数を数え、意識を数字に向けるのである。瞑想が流行ってる今、真新しくもないかもしれない。少なくとも、自分でパニックを抑えられるらしい。「500ページの夢の束」の主人公も、パニックになりそうなときは腕を組み、お祈りをし、パニックを抑えていた。べつに宗教的な意味合いはない。主人公は、母に見捨てられ、アパートを追い出され、旅をする事になった。実話である。その中で出会った精神科医に、彼女は救われる。パニック時に病院に駆け込めばいつでも対応してくれ、決して動じない、しかし優しすぎない、ハオスフラウの先生とは似ても似つかない、理想の精神科医像だ。その人のお陰で、主人公は本の執筆に、世界各国で広く読まれる事になる「どこにもいない私」を描く事になったのだから、環境、人との出会いは大事である。「グッド、ドクター」のしんどう先生?あの人も、周囲の環境によって成長し、周囲を変えた。環境は大事。当人の資質的面も大事だけど。自閉症は治るものではない。けれどコントロールは出来る。それが作者の答えだったと思う。・まとめ自閉症に近しい人や、何となく、神経質さで悩みを抱えている人は、是非とも読んでほしい。自閉症について勉強している人なら真新しい情報はないかもしれないけど、まだこの本を読んだことがないのならきっといい体験が出来る。もう知ってるかもしれないけど、精神病は治すべきものじゃなくて、受け入れ、むしろ活かしていく物だと気づかされる。もう知ってるかもしれないけど、環境次第で、彼らはより健やかに生きる事が出来る事に気づかされる。学校も多様化し、変わってきている。多様性の時代を迎えた現代は、様々なサポートが得られる。そんな社会になりはじめたきっかけの一つ、そんな社会を推し進めていく為にも、この本は今後も読み継がれ、より様々な個性を学んでいくべきなのかもしれない。唯、才能で価値を決めるのは誤りだ。全て私の妄想だけど。Amazonリンクhttps://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E9%96%89%E7%97%87%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%B8-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%89%E3%83%8A-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%BA/dp/4102156119私のこの書評を読んで、不快に感じられる方がもしいましたら、悪いのは100%、書評の書き手です。あなたの感情は100%正しいです。唯ここに記載している本は、大変すばらしいモノです。書評の文章が軽薄で考えが浅いと感じたら、それは真実だと思います。最期まで読んでくれた方に心から感謝を、文字数で致します。調子にのってごめんなさい。本当に終わりです。