ママ友グループで若干雰囲気が違うママ友Bがいる。
端的に言うとその人は言葉の表面だけしかとらない人。
ママ友ってなんだか独特な関係性だなぁと思うんだけど、思ってることと反対のことを言うことって大人の関係でない?
例えば、家に招いて子供たちがおもちゃ散乱で部屋を散らかした!
言葉では「いつもそうだから片付けなくていいよ」
でも実際に片づけないとそれが噂されたりする。
お下がりを譲る。
言葉では「お礼とかいいからね」
でも実際にお礼がしょぼかったりするとそれが噂される。
面倒だなぁ。。。
そしてママ友こええええ!!
このママ友世界ならではの関係はさておき今回雰囲気が違う、言葉をありのままでしかとらえることができないママ友Bに対して、私もそれなりに思うことがあった。
ある時同じタイミングで別の話やすいママ友Aに「あのママ友Bさんどう思う?」と同じ気持ちでいることがわかったので、そのママ友Bについて語り合った。
正直結構毒づいた。
共通の敵を作ると結束が固くなるってこういうことだなぁ。と思いながら今までにない盛り上がりがあったのは事実。
前だったら悪口いうのが嫌だし、自分の意見がみんなと違うときにそれを言うことができないので距離を置いて「私わからないんだ」のポジションを取っていた。
だから人との距離感を必要以上に取ることについてはちょっと変わることができてるなと感じた。
で、こないだクラスのママ友たちとその子供とみんなでランチする機会があったんだけど、その時にママ友Bが帰ったあとに残ったメンバーでママ友Bについてママ友Aを筆頭にすごく悪口を言っていて、、、
すんごくモヤモヤしてしまった!!!
このモヤモヤについて深堀りしたのでシェアします!!!
深掘り内容 悪口を言いふらすママ友へのモヤモヤ
(私
(インナーチャイルド)
同じ気持ちとわかってる人たちがその人について語るのは分析。
でも同じ気持ちかわからない人たちに言ってしまうのは悪口なの!
言われた人たちは思ってなかったのにそれを聞いて同じように思ってしまうのは印象操作のようでいじめてるように感じてイヤ!
それに全体で動く必要性ないよね?
人数が大きくなると様々な意見が出てくるのは仕方ないこと。それを無理に合わせる必要性を感じない。
無理に合わせても腹に落とせてないと意味がない。
心がこもってないものはムダだ。
気持ちのこもってないものに価値を感じない。
だから自分のこともわかる人だけわかってくれればいい。
反論しない人。従順な人。
私を否定しない人。私を全肯定してくれる人。
「全体」というくくりや規模が大きくなると自分に歯向かう人、反論する人も出てくるでしょ?
そういう人は自分を愛してくれてないだろうから敵になる。
完璧主義な一面が見えた瞬間だった。
はい、ここで号泣ーーー
なんて、、、なんて健気なのよ。
この子はダメなところに焦点を当てている。
普段の私もその視点なのがその証拠だ。
何かミスはないか、粗探しをいつもしている。
そこからくる完璧主義。
全部繋がった。
自己否定
無価値感
私の根底にあるのはこんな感情だった。
ありのままでは愛される価値がないと思っているインナーチャイルド。
頑張ってもう一人の自分から愛をもらおうとする私がいた。
表面では自分に甘くを心がけていても深いところではまだまだ自己否定だらけだったことに気づいた。
まずはそのインナーペアレントとインナーチャイルドの関係を否定せず認めること。
自分の中にいる二役が対立してしまっている。
そしてふと今回のママ友たちとママ友Bさんの関係がなぜかこのインナーペアレントとインナーチャイルドに重なって見えてならなかった。
みんなと仲良くなりたいと思いながらも空回りして思うような結果を出せていないママ友Bさん。
がんばっているのになかなか褒めてもらえない。
何がいけないのかわからない。
自分の批判の言葉が止まらない。
思春期の頃、私の言動に親と祖父母がヒソヒソ話で話しているのがすごく嫌だった。
当時の私はまさにこのインナーチャイルドのような状態だった。
何がダメなの?どうしたらそのヒソヒソ話はやめてくれるの?
どうしてほしかったか。と考えたとき、ずっと陰で言うんじゃなくて直接言ってほしかった。
ん?待てよ。
そしたらきっとママ友Bさんも同じなんじゃないか?
そうか。
今私はあの頃ヒソヒソ話をしていた親たちをやってるんだ。
そしてママ友Bはあの頃の私。
あの頃の私がしてほしかったこと。
直接言ってほしい。
きっと私の課題がこれだ・・・
このバンジー、飛ぶ?飛ばない?
ハネリ