私には保育園からの中のWちゃんがいた。
先日Wちゃん含め、学生時代の友達グループ(全員で6人)で結婚式のお誘いがあり、かなり久しぶりに再会することになった。
場所は住んでいる地域から少し遠くヘアセットを考えると新婦さん以外の全員が前日入りしなくてはならなかった。
私の気持ちとしては久しぶりに会う子たちとホテルに泊まって話すことは煩わしいと感じていた。
ましてや私だけ疎遠になっていたからことさらだ。
出席すると伝え準備が着々と進んでいく中で一通のラインが届いた。
席次表である。
ここで少しの違和感を持つことになる。
新婦さんとは初めて出会ったのは小学生のころ、それからグループ全員で半年に一度は集まっていた。
私自身の病気もあり、20歳前後のころには私以外の5人で集まることが多かった。
新婦さんがその印象が強かったのか、私だけ名前の横に<中学生>友人と書かれていあのだった。
疎遠になったきっかけは、家が遠かった私が早い時間から集合場所に向かっているのにもかかわらず、当日になっても来なかったり、電車がない時間でも容赦なく解散したりなどの出来事が積み重なり、気遣いのない人といるのがしんどくなったからである。
大多数の5人が少しわがままでも圧倒的多数はなのであるから正義とされるのは仕方のないことであったのかもしれない。
そんなもやもやを抱えたまま結婚式前日。
急に祖母から着信があった。母が仕事先に来ていないとのこと。
連絡しても携帯の電源自体が入っておらず、もしかして何かあったのではないかと思い、結婚式の用意片手に実家へと向かった。
この時点で前乗りのホテルに向かわなければ当初の予定通りに事が運ばない時間だ。
取り急ぎ友人に電話で事を説明する。
私自身も半分パニックになっていたため、友人は理解に困ったであろう。
なんとか状況を伝えタクシーを使って実家へと急行した。
道中に悪いことをいろいろと想像しながら実家へと到着した。
幸い母は、仕事先でトラブルがあり、気持ちのコントロールができずボイコットのような形で休みを取ったとのことだった。
母は顔色が悪かったためそのままほっといてホテルに向かうわけにはいかず、晩御飯を一緒に食べることにした。
この段階で明日の結婚式はもういけないも同然だ。
食事をしながら今回の結婚式の経緯を母に説明したところ、名前欄の記載がおかしいことは失礼にあたる、また前泊について新婦さんのほうから気遣いの言葉がないことにも常識外れだと意見をしていた。
私自身そこまでは思わなかったが心のどこかにもやもやは残っていた。
母の体調が心配なこともあったため、席次表やホテルのことなど総合的に判断して前日ではあったが結婚式をキャンセルさせてもらった。
もちろんホテル代やご祝儀台については自分から払うと断りのメッセージも添えてある。
母と別れて家に帰り倒れこみように寝ていたのだが、そんな私の隣に人が倒れてきた。同居している彼氏である。
今日は会社の人と大事な飲み会だったはずである。
そんな彼が帰ってくるなり、息を切らして苦しそうにしている。
はじめは冗談かと思ったがどうやらかなりしんどいらしい。
そのまま救急車を呼び夜間の病院についていくことになった。
命にかかわることではなかったので安心したが、母の不調、彼の不調これらが重なりかなり精神的に参っていた。
様態は落ち着いていたが入院の手続きがあったため、帰路に就いたのは翌日の昼頃であった。
今頃本当であれば友人の結婚式に参加していたころだ。
母と彼が行くと私自身が気持ちがしんどくなると思い自然に引き留めてくれたのだと思い込みいったん眠りにつくことにした。
いつ頃に目が覚めたかははっきりと覚えていないが、グループラインに結婚式の写真が次々と送られてきている。
あぁ、そうだ結婚式に行ってるんだった。そう思いながらスクロールして写真を眺める。
あれ?胸がどんどんと締め付けられていく。
私自身は身の回りの人が不調であるのに対し、友人は非常に幸せそうな式を挙げている。
この対比に心が追い付かなかったのである。
このまま指が自然とグループを退会するの文字を押していたのである。
その勢いでもうこの人たちの写真を見たくないとインスタグラムのフォローも外した。
それから数日後、冒頭に出てきたWちゃんから心配のラインが届く
わたしは何も知らない彼女に当たり障りのない返信をしていた。
それにしびれを切らしたのか、強い口調で非常識であると伝えてきた。
この時点ではホテル代は払っておりご祝儀に関しては自分の気持ちが落ち着いておめでとうと心から思えるタイミングで振り込もうと決めていたのである。
おそらく友人間でご祝儀を払わずラインの返信もなかなか帰ってこないという話になったのであろう。
その時はWちゃんはわたしの身の回りの心配をしてくれているのかと思っていたが、どうやら結婚式を理由なくドタキャンをしご祝儀を払っていないという認識をしていたのである。
それゆえに人でないかのような強い言葉が送られてきた。
一つ一つに返信しようかと迷ったが、少し返してみたところで何でもかんでも上げ足を取ってきたり、真剣に伝えた言葉に「わら」とだけ返してきたりらちが明かないと察した。
私の人生の中でかなり長くかかわった人だったので伝わらないことのもどかしさや、悲しさが一気に押し寄せてきた。
Wちゃんは「察してほしいは無理」との一点張り。
わたしもかまってちゃんをする気にはならないので、そこで今までの感謝を津あえて終わることにした。
もちろん返事は「はーい」と適当なものであった。
長々と書きつられてしまったが、会わない期間が長くなればなるほどお互いの価値観や考え方は変化していくものであると強く感じた。
これらをすり合わせることはすごく労力のかかることであり、私にはわかりあいたいという気持ちはなかった。
Wちゃんが結婚するとなって式に呼んでくれることがあったとするならば参加するだろう。
しかし私は彼女を招待することはないと思う。
もっと早い段階で、お互い思っていることを伝えていればこんなことにはならなかったでろう。
タラれば話はいくらでもできる。
人間関係の修復はほとんど不可能であろう。
お互いが失った月日を埋めようと思いあえるまでは。
今回の件は私自身の嫉妬心が招いたものである。
自分にこんな一面があったのかと驚き、ことの結果にひどく落ち込んでいる。
人はこういった経験を積み重ねながら自分を固く強靭にしていくのであろうか。