他に書く場所が無いし、今思ってる事を残しときたくて、こちらのブログに何年か振りに投稿。
このブログは歳食ってから免許を取ろうと思った人達に少しでも励みになればと思って始めた。そして免許をとって、その役目も終わったので更新もしなかった。コメント書かれても人のブログを観に行ったりしないし、反応を待つなんて気持ちも無いし。本当に人と関わる為に始めた物では無かったし。今も関わるつもりは無い。観られても観られなくてもどっちでもいいし。そんな気持ちで書いている。
タイトル通りで父が亡くなった。日本人の平均寿命男性は81才なのだそうです。そして、父の年齢は87才。6年も平均より永く生きました。その丁度6年分位、私も毎月の様にお小遣いを与えられようになって、6年間永く生きてくれてありがとうとまず伝えたい。
父の歴史は病との闘いでした。最初の大きな病気は私が当時10才位の時、父が49歳の時に患った直腸がんです。父の兄…私からすると叔父にあたる方は、その父ががんになる数ヶ月前に亡くなりました。その叔父の死を見つめたのか、その頃の父は少しでも不調があると病院に通ったそうです。そして、血便が見つかったその日に慌てて病院に行ったら直腸がんと診断されました。すぐに直腸を切らないと、すぐ入院してください。すぐに…とお医者さんで言われたそうです。父は当時建設業を営んでいて、社長と言うポジションから、中々仕事を休めずに…でも、母と当時大学生だった兄が父の稼業を手伝い、そして大手術の甲斐もあって二ヶ月の入院を得て根治を致しました。手術後は腸の大部分を切ってしまい。以前と同じ生活って訳にはいかず、お腹に大きな縫い跡が残り、便の回数が多くなったり、細くなったり…また、肛門が痛くなったりとか…その後の40年弱の人生はずっとそんな状態が続いたそうです。
何歳かよく覚えてませんが、60代後半か70代初頭くらいの時だったでしょうか。朝起こされて「お腹痛い」と騒がれ救急車呼んで病院に連れて行ったら、膀胱に尿が貯まって出なくなっている。膀胱の力が弱くなってしまって自力で尿を出せなくなっておりました。そこから残りの人生はカテーテルを尿道に挿して放尿するという。そのカテーテルが無いと尿が出来なくなってしまいました。
それでも、このカテーテルは不便ですが父を救う事になりました。それは、泌尿器科に通う様になってしまって、逸早く泌尿器の異変に気付くことが出来たからです。父は自覚の無いまま前立腺がんを患っていました。血尿が出た訳でも無く、身体になんの異変も無い時期、早期の段階で前立腺がんを発見する事が出来ました。
直腸を切った関係からか、手術での根治と言うのは難しかったたのですが、幸いな事に転移もなく、前立腺がんは上皇陛下もなられております。間寛平さんも患ってるそうです。お二人共に確か手術はしてないと思いました。家の父もそうです。放射線治療とホルモン剤を飲む事によって劇的にがんの進行を遅く出来ます。それが、多分70前半とか、それくらいかと思います。2019年まで、15年くらいは、この甲状腺がんは薬だけで抑える事が出来ました。
そして3度目の癌です。直腸がんを再発したのは、4~5年程前でしょうか。一度その時に余命宣告をされました。抗がん剤治療でもって2年と言われました。前回の直腸がんの時は私は子供で何も考えてなかったのですが、今度は大人です。父の状態が解ります。この時初めて父の死を意識しました。前立腺の時は医師も大丈夫と言う風な言い方でしたし…医師はあっさりと保って2年と言いました。大変ショックだったのを覚えてます。その時に再検査を行って治療方法を考えていくと言う話をして、私と父と母は途方に暮れました。次の検査結果が出るまで非常に暗い二週間。この二週間はこれでもかと言うくらい父の好物を食べました。そして二度目の検査の結果。直腸がんは切れば根治が出来そうということになりました。その代わり人工肛門になってしまう。父は生きるのに執着をしてたので、人工肛門の道を迷わず選びました。尿はカテーテル。大便は人工肛門であるストマとなりました。
おおよそ3年前くらいでしょうか。再度直腸の検査をした所、どんな検査をやっても奥の方がちゃんと観ることが出来ず、そして多分再発してるであろうと診断されました。そこからは抗がん剤治療です。後に言ってましたが、抗がん剤飲むと相当苦しいそうで、でも、そんな素振りも見せずに普通に明るく過ごしてる様に見せてました。抗がん剤治療が終わってがんの進行を少し遅らせて、根治はしてない状態でもよく笑って、そして旅が好きだったので、旅行なんかに行くと全然若い私よりも沢山ご飯を食べました。
話が前後致しますが、70才を過ぎて仕事を辞めた辺りから、父は足が悪くなってしまいました。両足とも痛いと言っており歩くのに杖が必要となりました。70代の時に一度左足の手術をしております。その手術が大変うまくいき左足の痛みはなくなりました。そして80代になって、右足も・・・・と思ったら余生も考えてか、かかりつけの整形外科医は手術をしたくなかったそうで、断られ、それでも2018年10月に家から少し離れた病院で手術してくれる病院を自分で見つけ出し、家族の反対を押しのけ、一ヶ月ほどの入院に入ります。それが86才の事です。前立腺がんも直腸がんも患っているのにも関わらず、父は自分で歩きたかったみたいです。手術も無事終わり…最初の頃こそ杖が必要でしたが、次第に術後の足の腫れはひいていき杖も必要なくなって、歩く速度も早くなっていって。喜びひとしおでした。
そして忘れません。足の手術で退院した直後の2018年12月17日の事です。ここからずっと17日の話しが続くのですが、この日に父は恒例の前立腺がんの検査を受けました。結果は数値が上がってて良くない状態でした。「次は家族を連れて来てください」と医師から言われたそうです。これ何度目でしょうかね、一回目が直腸がん、2回目が前立腺がん、3回目が直腸がん再発、そして今度が4回目でしょうか。今まで薬をとっかえひっかえやってきたけど、遂にがん細胞の進行を止める事が出来なくなったそうです。一年間くらいだろうと言う余命宣告を受けました。
長くなりました。又、後日続きを書きます。




