不謹慎かも知れないが、この世で一番自分を愛してくれている人間。
それは僕にとっては母親だろう。
結婚して嫁もいる現状でもそれは変わらない。
昔、自分が田舎に暮らしていた時給料が余りに安く上京することを思い立った。
その事を知った母は、「そんなに頑張らなくて良い。生きていけたら良いんだからこっちにおり」と弱々しく言った。声が震えていた。
母の気持ちを察し男なのに夜泣いたのを覚えている。
ただ実家は貧乏で親も同世代の友達の親より歳をとっていたので上京して親孝行してやろうと決心した。
親にはちょっと東京行ってみたいからみたいな、軽い感じで上京してきた。
本当は、東京なんか興味もない。
田舎で親と一緒に暮らしたかった。
しかし、今まで自分は甘やかされて沢山の愛情を注がれて育てられた。
そして母はいつも自分の味方でいてくれた。
歳をとって弱っていく母。
自分に何が出来るか?
上京するしかなかった。
上京して会社の寮に入り、お金がないので食パンをかじりながら生活した。
実際はそんな仕送りもできず、東京で暮らすだけだった。
数年後、独立し収入も安定してきた。
親の借金も返して少しは親孝行できた。
一生懸命働いた。
風邪を引こうが、熱が出ようが休みなく働いた。
ある日鼻血が止まらなかった。
初めての経験で死ぬんじゃないかな?なんて思った(笑)
その事をたまたま電話で話していた母に伝えると、体を休ませて。無理なんかしなくて良い。と優しく言ってくれた。
それに対して嫁は、あーあって感じだった(笑
)僕が仕事をしないと収入がなく子供も生まれて大変な時期だったので何も言えなかったのだろう。
嫁はよく病院に行き、自分の体の心配はするが僕の心配はあまりしない。
母はその逆。
嫁には感謝している。
専業主婦なのに御飯を作らないのは腹が立つけど。
色々大変な事も有るだろうし、僕も我が儘だから苦労させているとは思う。
愛してはいる。
ただ母親の方が恩を受けている分、早く死ぬ分今は大切にしなければいけないのかなと思ってる。
母が亡くなってからでも嫁孝行はできるだろうから。
去年の暮れ、家族皆で暮らす機会があった。
東京きてどれくらいたったのか良くわからんわ。
と僕が母に伝えると、
2003年12月13日。
これがあんたが出てった日。
ちょっと怖かった(笑)
でもそれだけ母の力というのは凄いのだろう。
P.S.僕はそんなに電話しませんし、マザコンではありません。母親思いのだけです(笑)
