手術による体の痛みは全く気にならなくなった。
ここに来て段々と繋がっていた管が1本ずつ減っていく。
確実に前進している実感がある。
いつの間にか胸にあった数本の管は自分の気づかないうちに抜いてもらっていた。
鼻に当てていた酸素も取れた。
これがベッド上でまとわりついて大きなストレスであった。
効果もどれくらいあったのだろう。
そして胸に入っていた管が1本抜けた。
これは術後、胸の中で血が溜まるのを抜く役割があるそうだ。
汚れた黒い血が胸から抜けるようにするドレンのようなものだ。
もう出ていないようなのでとりますよ、と先生。
こうして先生も、段々と管が減っていくので楽になりますよ、と言ってくれた。
確かに、起きていても寝ていても何本も管が繋がっているというのはしんどいものだ。
縛られている訳ではないが、ふと目が覚めても、これがなかなかのストレスが積み重なっていった。
残るは左手首の管だ。
これは退院まで継続されるという。
続けて点滴や薬の投与をその都度注射しなくていいように針が入ったままの管だ。
そうそう、もう一つあった。
尿道に入っている管があった。
手術の時に入れられたものだ。
これまで尿意を何も感じる事なく尿がタンクに溜まっている。
少し濁った尿だ。
溜まっては看護師さんが処理して交換してくれた。
これがいつしか尿意を感じるようになった。
この時からだ。
尿を出す時に今まで感じたことがない快感・・・
そう、これは快感以外何ものでもない。
あの射精をする以上の快感が尿を出している間持続するのだ。
尿を出す時間は30秒前後か。
その時間ずっと継続した快感がある。
これには驚いた。
一体どこを刺激してこの快感が起きるのか。
この感覚を数回味わったところで尿の管も取ってもらった。
少々残念だがより自由に動けるようになり、部屋や院内での動きも段々と増していった。
ツリーを持ち運ぶ必要はあるが、どうってことない。
トイレも自由にいつでも行ける。
いかにも病人らしい見え方だろうが、自分一人でトイレに行ける幸せも大いに感じられた。
麻痺もあるが病院内の小さな部屋の入院生活だが、着実に前へ進んでいる。
この頃からか。
夜中に起きてはトイレに行き小便を済ませる。
夜中と言っても時計を見るが何時か分からない。
何時何分か読めない。
今だに時間が読めない。
考えても分からなかった。
しばらく落ち込み鏡の前でゆっくりと歯磨きをする。
明日の眠気を気にしなくていい生活にも慣れて来たようだ。
夜な夜な薄暗い病室で、こんな夜中のルーティーンが出来上がり続いていった。
就寝時間は早い。
早く寝ると夜中に行動できてしまう。
そして、この夜中も妻が持って来てくれていたラジオが大活躍する。
オールナイトニッポンをはじめ、タイトルの知らない番組が退屈な夜に光をもたらしてくれた。
くだらない話に大笑いする芸人に、まるでスタジオに同席しているかのような不思議な感覚を与えてくれた。
時には笑いの少ない大人でマニアックなパーソナリティやゲスト。
朝までベッド上でモゾモゾしながらたのしませてくれた。
夜中のテレビは今の自分には光量が強すぎる。
ラジオの世界で想像力を膨らませ、勝手にその風景と自分をリンクさせてしまう毎夜であった。
時に長すぎるイヤホンのコードに悩ませられながら・・・