続いて理学療法士さんによるリハビリがある。
定刻に病室に迎えに来てくれるので待っていると時間通りに、柔らかい笑顔で、〇〇さーん、とその方は来られた。
初対面の挨拶を済ませ、早速リハビリ室へ一緒に移動する。
他の担当の方と同じように雑談を交えながらエレベータで上の階への移動だ。
スラリとして、ちょっと気恥ずかしい感じの表情をされる女性だ。
いい意味で対人のお仕事が苦手かなという感じで、少しだけ無理しているような雰囲気がある。
入院生活はどうですか、とか、お体の調子はいかがですか、等尋ねられた。
自分の感じたことや事実をそのまま伝えリハビリ室に入った。

理学療法士さんのリハビリも初回は自分の現在の状態を把握する為の体全体のチェックをするという。
早速簡単な動きから。
10mもないような距離を歩いたり、早歩き。
座った姿勢で手で押さえられたつま先を上げたり、室内に設置された階段の上り下り。
いくつかの指示を一通りこなし、それを記録されている。
自分は本当に病院でのリハビリが必要になったのかと改て思い知らされる時間だ。
自分の感覚は脳梗塞を発症した当初に比べれば明らかに改善を感じており、なんなら家に帰りたい。
家に帰って自分でリハビリでもなんでもやるという気持ちにもなっていた。
しかし、ここでのリハビリも悪くないなという気持ちも湧いてきていた。
ここに転院する前と、いざ転院してみると往生際の悪かった感情は影を潜め、それなりに受け入れられるものになっていった。
それはこちらのスタッフの方々のおかげであり、自分を引っ張ってくれる、とてもポジティブな姿勢の賜物だろう。
こんな自分にチカラを注いでくれる方々に応えたいし、より回復させたい。
そんな気持ちが自然と湧いてきた気がした。
周りにもたくさんの患者さんがリハビリに励んでいる。
自分より明らかに年齢は上の方がほとんどだ。
周りより若い自分が泣き言ばかりではダメだと思えてきた。
転院前に言われたことを思い出した。
落ち込んでいるヒマがないくらいに励ましてくれるので安心して付いていって下さい、と。
こうして同じような病状の方の中に混じっているのは、今だに信じがたい気持ちだが、これも人生の1ページとも考えるようになった
そんな事を思いながら、ひととおり体のチェックを終えた。
目まぐるしく色々な指示で正直あまり記憶に残っていない。
それほど連続したチェックだった。
あっという間の1時間が終わった。
とても優しい、この方も終始笑顔の方だった。


自分の今の状態は食事は右手で出来ており左手の箸はとても使える状態ではない。
左手の力も3分の1くらいしかない感覚だ。
そして相変わらず目の見え方が異常だ。
とても誰かに上手く伝えることが出来ないが、見え方は壊れたモニタそのものだ。
脳のググラフィックボードが破損していてモニタに正しく表示出来ないでいる。
常にあるめまいのような症状。
あとはアナログ時計が読めなくなったことの認知機能が気になる。
これらの自分の状態をリハビリの担当者に伝えながらのリハビリとなった。
自分はどの担当者が何の役割なのか全く理解出来なかったが、それぞれの担当者が聞かれる事に沿って応えるよう心がけた。

伝わっているだろうか。

自分が健康な時、他人の病気の症状や辛さなどとても理解出来なかった。
そして今自分は健常者とは言えないハンデを背負った状態になってしまった。
他人に解るのか。

こんな気持ちになる入院生活だ。
そう、ここでもやはり感情の起伏が激しいジェットコースターのような日々が続いた。