先日の視野検査と今後の治療、リハビリの方針について主治医から患者と家族に面談の予定が入った。
妻に予定を確認し、日時を合わせてもらった。
妻は仕事に復帰し、なんとか気丈に頑張ってくれている。
仕事を終えてから夕方病院へ来てもらい、先生や看護士、相談員さんとの面談だ。
一体どん話をされるのだろう。
面談当日、予定通り妻が来てくれた。
ついでに荷物の受け渡しもした。
洗濯物と例のおやつだ。
さっと済ませ、ナースステーションすぐ横にある部屋に案内された。
広くはないその部屋に主治医と相談員、看護士さんが居た。
循環器の病院に入院中、外出し診察で会ったあの先生と相談員さんだ。
先生はPCに表示された自分の情報であろう、画面を観ながら話を始めた。
早速、先日の視野検査の結果から話があり、視野を示す紙を見せられた。
それが自分が置かれている視野の状況だ。
そこには円を縦横に区切った線が入っており、ピザやケーキをカットしたような線だ。
4等分にしてある。
その左下が真っ黒なのだ。
つまり視野の左下、4分の1が見えていない事を示しているのだという。
それは綺麗に真っ黒で、綺麗に4分の1だ。
驚いた。
見えていない事はもちろん、人間の脳とはよく出来ているものだという事にも大変驚いた。
視野をつかさどる部位はこうして分割して構成されているのだ。
あとはその他にも黒い所が示されている。
中心のすぐ右にも狭いが黒くなっている。
どうりで見たいものがよく見えないはずだ。
自分は妙に冷静だった。
これまでの見えない説明がこれで出来た事で、ある意味安心出来た。
手術当日の手術直後の記憶では全く何も見えない記憶が少しだけあり、手術翌日には左側が見えない状態だった。
これはその状況が分かる動画を撮影していてくれており、こちらの主治医に観てもらっていた。
この時は半盲状態のような説明があった。
術後からは一ヶ月近く経っており、少しずつ改善しているのが分かった。
こうしてほんの少しずつでも回復するので希望が持てる話もあった。
ただ、どこまで回復するかは分からず、この先何年もかけて回復するものでは無いとも付け足された。
それは1年くらいの期間のようだ。
それ以上は回復は見込めないでしょう、とのことだ。
希望が持てるのか。
持っていいのか。
もしこれ以上回復しなかったら、、、
これだけの視野が見えていない事に理解はできたが、とても受け入れられるものでは無い。
とても自分に起きている現実とは今でも信じられない。
湧き上がる感情をよそに妻は黙って説明を聞き入っていた。
当初より見えるようになっている状態に希望を持ったようで前向きに喜んでくれた。
それはそうだろう。
脳梗塞という、一体この先どうなるか全く分からない状況だったのだから。
今の状態は四分盲というらしい。
全盲、半盲の四分盲だ。
視野のリハビリはないのか尋ねると、今の医療ではどうにもできない、回復を待つだけです、と先生。
続いて先生は左手の状況を話された。
リハビリも順調で回復も見られるので、このまま続けていきましょう、と。
すっかり指折りもできるようになり、他者から見れば見た目には不自由さはないだろう。
先生は、これくらい回復すれば障害者認定も付かないまでになっています、と続けた。
相談員さも、これくらいなら認定はされません、と。
自分は少し驚いた。
それは喜ばしい事だが、それと同時に何も支援を受けられないのか、と思ってしまった。
他人から見れば大した事はないように見えるだろうが、本人はこれでも大変なハンデだ。
とてもじゃない、これで仕事に復帰とかはとても考えられない。
多くの行動を制限しなければいけないのは自分が一番分かっていた。
嬉しさは小さくなり、不安が大きくなった。
リハビリでどれだけ回復するかは分からないが、その状態で社会に放り出されるようなものだと思った。
来月一杯までは入院して続けてリハビリしていきましょう、と先生。
自分は、これからまだ1ヶ月以上入院が続く事に落胆した。
居心地は良く、リハビリもそれなりに楽しく出来ている。
人間関係もスタッフの方々のおかげで良好だ。
だが、家に早く家に帰りたい、それだけだった。
妻も説明の理解は出来たようで、冷静な様子で席を立った。
自分は恐らく不貞腐れた表情だったろう。
すぐ妻を見送り病室に戻った。